第29話 観覧車

 遊園地デートと言えばやっぱり、観覧車がデートの山場だ!

 俺としても、稀子とは付き合っている訳では無いし、稀子と遊ぶのは初めてで有る。

 俺からは、観覧車に誘うのはまずいと感じて口には出さなかったが、稀子からの発言なら喜んで乗りたい!


 時間的にも夜景とは言えないが、この時間帯の観覧車もまた、おもむきが有って良いだろう!

 俺と稀子は観覧車乗り場に向かう……


 観覧車乗り場には殆ど人が居なくて直ぐに乗れる。

 スタッフの案内に従って、観覧車のかごに乗り込む……

 ここの観覧車は、約10分で1周を回るみたいだ。

 稀子は俺の隣に座って、観覧車の籠は頂点を目指して上り始める……


「どんな景色が見えるかな~~」

「楽しみ、楽しみ~~」


 しかし……稀子は、ロマンチックなムードを全然見せずに、普通に景色を楽しもうとしている。

 強引に稀子を手繰たぐり寄せるても良いが、そんな事をしても意味は無い。俺もしばらく籠から見える景色を楽しむ。


「わぁ~」

「海は大きいね~~」

「あっ、この周辺はこんな風に成っているのか!」


 思った通りだが、稀子は素直には座っておらず、席を立って色々な方角から景色を見たり、スマートフォンで写真を撮っている。


(稀子の場合は俺と観覧車を楽しむ訳で無く、純粋に景色を見たかっただけか…)


 俺は少し残念と感じつつも、観覧車の籠はゆっくりと上って行き、まもなく頂点を向かえようとしていた。


「比叡君~~。真上だよ~~♪」


 子どもみたいな歓声で声を上げる稀子。

 俺も稀子と一緒に、観覧車の真上からの景色を見る。


「あっちの方角が比叡君の町で、こっちが私達の町かな?」

「名美崎市の向こうには大きなお山が連なっている~」


 稀子は指を指しながら言っている。

 観覧車から見える町は、優しい夕日に照らされた町全体が見渡せる。

 空の薄水色と太陽のオレンジ色のコントラストがたまらない!


 当たり前のように見ている景色だが、心が不思議な気持ちに成って、何故か涙腺も緩んでくる。

 後少し遅く観覧車に乗れば、夜景に近い町も見られただろう。ムード的には夜景の方が、絶対良いに決まっているが!


 俺と稀子は景色をしばらく無言で楽しむ。

 観覧車の籠が下がり始めると、稀子は俺の隣に座ってくる。


「あ~~楽しかった!」

「今日はありがとね。比叡君!」


 満面な笑顔で言う稀子。


「それは良かった!」

「だけど、まだこれから帰るのだから、途中で寝ちゃダメだよ」


「子どもじゃ無いから、そんな事しないよ~~」

「私もレディなんだから……」


 稀子はほおを膨らませる。その仕草も可愛い……


「でも……明日でお別れだね…」

「比叡君と仲良く成れたなのに…」


 稀子は暗い表情に成ってそう言う。


「明日でお別れと言っても、まだ1日近くは残っているよ!」


「そうだよね♪」


 それを言うと稀子は急に元気を取り戻す。

 本当に変わり玉見たいな子だ。


「あっ、そう言えば鈴ちゃんから、さっきの返信が来てね『リア充 爆発しろ!』って書いて有った!」


「何時の時代だ……古すぎるよ」

「それに、鈴音さんも山本さんと付き合っているのに…」


「あはは、だよね!」

「でもね、リア充爆発しろの意味は、比叡君が捉えているのと少し違うと思うよ!」


「?」

「どう言うこと?」


「あっ、やっぱり、古い方の意味で捉えていたね!」

「今の時代は……こうなったのだよ♪」

「はい! 見て!!」


 稀子のスマートフォンを俺の方に見せると、リア充爆発しろ(※)の意味が画面に表示されている。

 しかし、鈴音さんが使う言葉だとは思えない!?

 山本さんの毒牙どくがに侵されてきたか!?


(※)詳細は割愛させて頂きますが、詳細を知りたい方は『リア充爆発しろ』でネット検索してみて下さい。


「あぁ……そう言う意味に変わったんだ」

「世の中分からんな…。壁ドンの意味も、昔と今とでは全然捉え方が変わってしまったし」


「そう♪」

「これは鈴ちゃんから、私達に対する褒め言葉なんだよ♪」

「鈴ちゃんは、私達の中を応援してくれているんだよ♪」


 さらっと言う稀子だが全然ムードを感じないのですか? 何故ですか!?

 この子は俺をどういう風に見ているのだろうか?

 山本さんの代わり?

 稀子の父親か、兄代わり!?


 稀子に俺に対する気持ちが知りたかったが、先ほどのやり取りで大分時間を使ったらしく、まもなく地上に到着しそうだった……


(うぁ~)

(聞きたいけど、聞けない。今聞いても中途半端に成ってしまう!!)


「あ~、もう地上に着くね」

「比叡君。もう1回乗る?」


 本当ならもう1回乗りたいが、ここは都度支払いのため、新たに料金を支払わなければ成らない。

 普通の遊園地ならフリーパスチケットだから問題は無いが。


「流石にもう1回はね…。名残惜なごりおしいがこれで終わろう…」


「そうだね♪」

「また、これば良いだけだもんね♪」


 稀子は笑顔でそう言う。

 この子の言う言葉が、本心なのは間違い無いはずだが、異性を思っての言葉か、子どもが発する言葉なのかは解らなかった……


 ……


 観覧車から降りた俺と稀子は園内出口に向かって、遊園地のコインロッカーからお土産を取り出して帰路に着く事にした。


 晩ご飯は時間的に外食で済ました方が良いと思って、名美崎駅周辺で取ってから俺のアパートに戻った。

 こうして、稀子との初デートは、デートとは言えずに普通に楽しんだだけで終わった。

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