■8//呪術師、井境(1)

「……てめぇ、井境か」


『そそ。お初のご挨拶が電話ですまないね、経極組の東郷さん』


 どうやら向こうはこちらの状況を把握しているようだった。

 電話の内容を聞いてリュウジたちが周囲や窓の外を調べて回るが、どうやら近くにそれらしい姿はないらしい。


『はは、東郷さん。別に近くで見てるわけじゃないんだよ、知っての通り俺ぁ呪術師だからさ、覗き見する手段とかは色々あんの』


 妙に馴れ馴れしい――思わず警戒心を緩めてしまいそうになるような、フランクな口調。

 東郷ですらそう感じるほどのその話術に得体の知れない気味の悪さを感じながら、東郷は会話を続けた。


「で? 状況が分かってるなら、なんだって今こいつに電話なんか掛けてきたんだ」


『いやー。まさか宮代くんがトチるとは思わなかったからさ、東郷さんと交渉できないかなと思って』


 そんな彼の言葉を聞いて、宮代が表情を明るくする。


「い、井境さん! 助けてくれよ、あんたならどうとでもできるだろ、こんな奴ら……」


『お、元気そうだね。東郷さんたちは優しいなぁ、てっきりもう爪の2枚や3枚くらい剥がされてるかと思ってた』


 妙に朗らかな口調でそう呟いた後、まったく変わらないテンションで電話口の井境はさらにこう続けた。


『でも別に、俺としちゃあ宮代くん自体はどうでもいいんだよね。っていうか……うん、東郷さんたちに捕まった段階でもうクビ確定? みたいな?』


「え……井境さん、それってどうい」


 宮代が言いかけると同時に、電話口で軽く指を弾く音がする。

 それとともに目の前の宮代の体がびくりと痙攣して、みるみるうちに彼は苦悶の表情を浮かべ――次の瞬間、ごきりと鈍い音とともに、その首が180度後ろへと回転した。

 いや、首だけではない。その全身の関節という関節が異音とともにねじれ、折れ曲がっていき……一同が見ている前であっという間にその全身が手のひらサイズの小箱ほどまで圧縮され、ぐちゃりと床に落ちる。

 調べるまでもなく、即死だ――どころか幸か不幸か、もはやそれを見ても誰も死体とすら思わないだろう。

その場にいた全員があまりのことに言葉を失う中、電話口からは軽い調子の井境の声が響く。


『ああ、東郷さんたちは安心してよ。さすがの俺も、何の縁も結んでない人を遠隔で呪い殺すなんてことはできないからさ。宮代くんはこんなこともあろうかと色々仕掛けておいただけ』


「……てめぇ。何だって、こんな真似を」


『いや、ほら。俺のことあんまりべらべら喋られても困ると思って。宮代くんじゃ多分怖いおじさんたちに拷問とかされたら、すぐ喋っちゃいそうだしさ』


 邪魔だから蚊を潰した、くらいの軽い調子でそう告げた後、『それよりさ』とあっさり彼は話題を変える。


『東郷さんと交渉したいっていうのは、そこに転がってる戻丸のことなんだよね。そいつを俺のところまで持ってきてほしいんだ』


「……あぁ? 何だってそんな」


『理由までは言いたくないなぁ。それにどうであれ、東郷さんは俺の言う通りにせざるを得ないと思うよ――ほら』


 彼がそう告げるとともに、その時東郷の携帯にメールの着信が入る。

 片手でそれを開いたところで、東郷は表情をこわばらせた。

 美月のアドレスから送られてきた写真……そこに写っていたのは、制服の胸元をはだけさせられた状態で気を失っている、彼女の姿だったのだ。


『写真見た? 俺もさ、あんまりこういうヤクザみたいな真似はしたくないんだけど……東郷さんが頼み聞いてくれないってんならしょうがないかな。そのへんでチンピラ適当に拾ってきて、適当に遊ばせちゃうかも。カタギに優しい経極組の若頭さんなら、そんなの許せないよね?』


 そんな井境の言葉に……少なくとも今の東郷には、従う以外の選択肢はなさそうだった。


「……どこに持っていけば良い」


『お、聞いてくれる? あーよかった、俺もカタギに手ぇ出すとか心苦しいからさぁ、東郷さんがいい人で良かったよ』


 心底安心したようにそう言うと、井境はこう続けた。


『東郷さんなら分かると思うんだけどさ、ちょっと前まで死霊の館とか言われてたお屋敷あったでしょ。あそこまで、そいつを持って来て欲しいんだ』


「……そうすりゃ彼女を解放するってか。信じると思ってんのか」


『信じなくてもいいけど、それならお互い困ったことになると思うんだよなぁ』


 動じた風もなくそう告げた井境に、東郷はしばしの沈黙の後「わかった」と答えた。


「……今から向かう。逃げんじゃねえぞ」


『はは、大丈夫だよ逃げないって。待ってるよ、東郷さん』


 それきりあっさりと通話を切る井境。すると一部始終を聞いていた金堂が、神妙な顔で口を開いた。


「今のが、うちらを担いだ野郎でござんすか」


「ああ。……どうも奴さん、用事があるみたいなんでな。悪いが先、行かせてもらうぜ」


 そう言ってリュウジたちに目配せして立ち去ろうとする東郷を、「待ちぃや」と止める金堂。


「なんだよ。……井境んとこまで来るってんならやめた方がいいぜ。言っちゃあ何だが、あんたらの手に負えるような相手じゃねえよ」


 東郷としても、自分たちの手に負える問題かと聞かれれば疑問符を浮かべるところであったが――ともあれそう告げると、金堂は「分かってますわ」と首を横に振る。


「あんな訳のわからんゾンビけしかけてくる野郎なんざ、専門外でござんす。……そっちの件はあんたらにお任せします。だから代わりに、うちらの分までしっかりと落とし前つけさせてやって下さいな」


「……はっ。そんなの、言われるまでもねえよ」


 そう言葉を交わしたのを最後に、東郷たちはラブホテル跡を出る。

 何も言わずについてきた舎弟たち――彼らに向かって、東郷は振り返ることなくこう告げた。


「さて、そうと決まれば例の屋敷にまた乗り込むわけだが……一応訊いとくぜ。尻尾巻いて帰りたいって思ってるような腰抜け、いねえよな?」


 その問いかけに、揃って頷く一同。


「経極組に喧嘩売った野郎を、野放しにしとくわけにはいきません」


「さらわれた女の子を助けに行くとかよォ、任侠オトコのロマンって奴ですよ」


「除霊グッズも塩もたっぷりあるッス、怖いもんなしッス!」


 そんなやる気十分な彼らの言葉を受けて頷くと、東郷はにやりと笑みを浮かべて言う。


「よし。なら行くとしようか。……今度こそ、待ちに待ったカチコミだ」



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