■3//窓辺から睨むもの(1)

「……ラブホテルの中を、調べてほしい?」


 あれから4日が経った頃の。昼下がりの事務所。

 応接用のソファで東郷の向かいに座っていたチンピラ然とした男――草壁のところの若衆の一人、ソノベはこくりと頷いた。


「ええ、その。こんなことカシラに上げる話じゃあねぇって分かっちゃいるんですけど……俺らだけじゃ途方に暮れてまして」


 ――彼の持ち込んできた話というのは、こうだった。

 なんでも草壁の経営しているフロント会社と付き合いのある不動産業者が、繁華街の外れにラブホテルを抱えているらしいのだが……そこが数年前に経営不振で潰れ、現在は廃墟と化しているのだとか。

 で、廃墟のまま数年間放置していて、最近になってようやくそのビルを取り壊して土地を再利用する計画を立て始めたその矢先。ある困ったことが起こってしまったのだという。

 というのも――


「その廃ラブホテル、放置してる間に近所の半グレどものアジトになっちまったみたいなんです。それで解体業者が入るの嫌がっちまってるみたいで……」


「だからそこに行って、半グレどもに睨み効かせてほしいってェわけかよ。お前なァ……ンなことてめェで頭数集めて行って来いや」


 呆れたように呟くコイカワに、「そうッスそうッス」とここぞとばかりに言うヤス。自分たちより下っ端相手なので、二人とも絶好調である。

 とはいえ今回に関しては、東郷も同意見であった。


「半グレ程度にわざわざ俺を駆り出そうたぁ、ずいぶんと偉くなったもんじゃねえか。え?」


「うぅ……すんません、すんませんっ……! 草壁のアニキが『カシラならそういうのは得意だろうからなんだかんだで引き受けてくれるだろ』って教えてくれたもんでつい……!」


「あの野郎」


 すっかりと色々な意味で回復しているようである。苦い顔をする東郷に代わって、コイカワが腕を組みながら凄みを利かせた。


「カシラはなァ、暇そうに見えるけど忙しいんだよ! そりゃ最近は女子高生の頼みでアレやったりコレやったりしてたけどよォへぶっ」


 東郷の拳を受けて錐揉み回転で床に倒れたコイカワは捨て置いて、そこで東郷は今しがた聞いた言葉にひっかかる部分を感じ訊ね返す。


「おい、『そういうのは得意』とかってのはどういう意味だ。……まさか、ただのラブホの廃墟じゃないってハナシじゃねぇだろうな」


「さすがカシラ、ご明察です! エスパーですか!?」


 目を輝かせて頷く舎弟とは対照的に、頭を抱えてため息を吐く東郷。


「そろそろ俺ら本格的に除霊とかもシノギに入れてもいいんじゃないッスかね?」


「マジでいいアイデアに思えてくるからやめろ」


 呑気な様子のヤスにげんなりしながらそう返すと、東郷はソノベへと向き直る。


「……そのラブホの問題は住み着いてる半グレだけじゃねえってことだよな。一体何が起きてる?」


 その問いかけに、ソノベは少しの逡巡の後で話を再開した。


「ここ最近の話なんですけど、なんでもそこで若い女の霊が出るとかで……。通りがかったときにたまたま窓の辺りを見たら黒髪の女が見下ろしてた、みたいな目撃情報が何個もあるんです」


「ありがちなやつッスね……」


「なんかの見間違いじゃねェの? でなきゃ、ホントに女がいたとかよォ」


 口々に言うヤスとコイカワに、しかしソノベは首を横に振る。


「その可能性は低いと思います。さっきも言った通り、そこは半グレの溜まり場ですから――若い女が何度も入り込んでるなんていくらなんでも妙です」


「たしかになァ」


 顎に手を当てながら頷くコイカワ。そのやり取りに、東郷もまた言葉を挟む。


「最近、って言ってたな。ってことはこれまでは、そういう噂話とかはなかったのか?」


 その問いに、はっきりと頷くソノベ。


「俺らの知ってる限りじゃ、なかったですね。まあ潰れてから誰も掃除もしてなくて気味の悪い場所ではありますから、ガキが肝試しで入り込んだりはしてたみたいですが――それでも、同じような証言が何個もってことはなかったかと」


「……なるほど」


 となると営業していた頃に何かあったというわけではなさそうだ。閉鎖されてから何かがそこで起こって、幽霊騒ぎが始まった――そういうことになる。

 考えを巡らせる東郷の前で、ソノベは困り顔のまま続けた。


「半グレだけなら、カシラのおっしゃる通り組のモン集めて脅かしに行きゃいいんですが。でも幽霊騒ぎの方は、俺らじゃどうにもならなくて……」


「別にこっちも専門家ってわけじゃねえんだがな……」


 げんなりしながらそう呟きつつも、ともあれ東郷は頭をかきながら頷いた。

 建築関係の業者というのは、得てして妙なところで信心深いものである。そうなると半グレを追い出しても、幽霊騒ぎの件で難色を示されかねない。


「話は分かった。……組のシノギにも関わってくる話となると、放置ってわけにもいかねえか。……そういやリュウジ、例の件は何か動きはあったか?」


 例の件、というのは刀鍛冶、浅葱から頼まれた神主殺しの捜索である。

 東郷の問いかけに、リュウジは首を横に振って返した。


「若い連中に市内の聞き込みをさせてますが、今のところ何もそれらしい目撃情報などは上がってねえみたいです」


「となると、こっちは待ちの一手ってわけだな。……よし」


 頷きながらソノベに向き直り、東郷は告げる。


「その話、俺らでなんとかしてやる。草壁の野郎には、次からテメェでなんとかするようちゃんと伝えとけよ」


「あ、ありがとうございます、カシラ……!」


 頭を机に叩きつけんばかりに礼を言うソノベを一瞥しながら、東郷は小さく肩をすくめた。

 ……いよいよヤクザとして商売ができなくなったら、除霊師でも始めるか――などと下らないことを考えながら。


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