■1//世は並べてこともなし(2)

 車でおよそ一時間ほど走って県境を超えた辺り。山がちな地形の中に通された道路を進んで、やがて完全に山道へ入ったところで東郷は運転するリュウジへと訊ねた。


「本当にこんな所に住んでんのか?」


「親父殿から聞いた住所だと、このあたりのはず……ですが」


 若干の動揺を隠しきれずにそう呟くリュウジ。すると助手席でコイカワが「はェー」と気の抜けた声を漏らす。


「こんなとこ住んでたら、買い物とかどうすンだろ。通販?」


「いやー宅配便の人もお届け拒否ッスよ、こんなとこ」


 もはや舗装すらされていない道。心なしか以前に草壁に連れて行かれた例の村への道を思い出して神妙な気分になる東郷であったが、とはいえ今回は親父殿からの情報なのだ。この先にその鍛冶師とやらがいるのは、間違いないのだろう。


「どんな奴なんスかね、その鍛冶師って。こんな山奥に住んでるとか、絶対めちゃくちゃ偏屈なジジイッス」


「いやァ待て。漫画とかじゃそう思わせて逆に美少女鍛冶師だったりするんだぜ」


「美少女!? それって貧乳ッスか? 巨乳ッスか?」

「俺の趣味的には巨乳デッケェのだが、貧乳へいめんでもそれはそれでアリだなァ……」


 なぜかしたり顔でそう言うコイカワに、目を輝かせるヤス。阿呆二人を半眼で見つめながら、東郷はため息混じりに呟く。


「鍛冶師の名前は浅葱国芳あさぎくによし――日本でも指折りの刀鍛冶で、親父殿の昔馴染みだ」


「ってェことはご年配の方ジジイかァ……」


 露骨に肩を落とすコイカワ。とそんな頃合いに丁度、リュウジが「む」と声を上げて車を停めた。


「着いたのか?」


「いえ、カシラ。あれを……」


 リュウジがそう言って示したのは道の前方。そこにあったものを見て、東郷は眉をひそめる。

 車一台ほどの幅しかない山道――そこに、まるで侵入者を阻むかのように何振りもの刀が突き立てられていたのだ。

 車を降りて、近くで観察を始める東郷たち。


「何だ、こりゃ」


 柄などの付属品が付けられていない、剥き身の刀身たち。当然屋根などもなく、風雨に晒されているだろうに……しかし妙なことにそれらは錆びひとつなく陽光を反射して煌めいていた。


「気味悪ィ……まーた何かの呪術とか、そういうやつかァ?」


 苦々しげに呻いたコイカワ。だがそんな彼の言葉に、答えたのは東郷たちの中の誰でもなかった。


「呪術? まぁ、呪いってぇ意味では同じだがねぇ」


 投げかけられたのは、しわがれた老人の声。そしてその主は、刃の襖を超えた先に立っていた。

 白い作務衣を纏った、小柄な老人。その人物は東郷たちをじっと値踏みするように見つめながら、小さく口の端を上げて続ける。


「悪いものが入らないようにする魔除けだから、ヤクザは入れないかもしれないねぇ」


「なんで俺たちがヤクザだって分かったッス!? 只者じゃないッス!」


「いや、そりゃ誰が見ても分かるだろうがよ」


 そんなヤスとリュウジのやり取りは華麗にスルーして、老人は「まあいいや」と続けた。


「とはいえ今回は、客人だからねぇ。ヤクザでも入って構わんよ」


「客人……ってことはあんたが」


 東郷の言葉に、老人は頷いて踵を返す。


「あたしが第三十二代目浅葱国芳。あんたらのことはサブの坊主から聞いてるよ、来な」


 その背中を見つめながら――


「……ジジイじゃなくて、ババアだったかァ」


 呆気にとられたように呟いたコイカワの後頭部を、東郷は無言で叩いた。


     ■


 老鍛冶師、浅葱に案内されていくと、道の先には木造の日本家屋が一軒、ひっそりと建っていた。

 そこに並んで建っていたのは、いわゆる鍛冶場というやつだろう。壁のない造りで中にある炉や金床などまでよく見える。

 他に人がいる気配はなく、どうやら彼女はここに独りで暮らしているらしい。東郷たちを鍛冶場の中に招くと、浅葱はその辺に適当に積まれていた丸椅子を指さした。

 それぞれに丸椅子を取って座ったところで、浅葱も金床の前に置かれていた金属製の椅子に腰掛ける。

 そうして先に口を開いたのは、彼女の方だった。


「話は聞いてるよ。あの白鞘を打ち直してほしいってんだろう。見せてみな」


「話が早くて助かる」


 軽く肩をすくめながら、東郷はさっそく布に包んで携えていたそれを手渡す。

 半ばからぽっきりとへし折れた白鞘。鞘から引き抜いてそれを確認するや否や、浅葱は眉間のしわを深くした。


「ひどいもんだね。こいつほどの頑丈な刀がこんなになるなんて」


「知ってるのか、これを」


「当然だよ。そもそも打ったのはあたしだ」


 鼻を鳴らして呟くと、彼女は折れた白鞘の柄を握りながら嘆息する。


「サブの坊主から頼まれて打ったのさ。『ヤクザ千人斬っても切れ味の落ちねえ頑丈なドスを用意してくれ』ってなもんでね」


「千人か。さすがは親父殿だな、スケールが違う」


「はっ、これだからヤクザって連中は」


 呆れたように「ったく」と呟きながら、浅葱は続ける。


「んで、何をどうすりゃこの頑丈な刀がこうなるってんだい。えぇ?」


「あー……」


 この世とあの世の狭間まで行って訳の分からない黒い濁流を斬ったら折れた――なんて言われたら、自分であれば相手を問答無用でぶん殴っているところである。


「まあ、色々と無茶なもんを斬りすぎてな。ちょいとばかし力加減を間違えちまったのかもしれん」


「ふん……まあ、なんでもいいがね。あたしだって引き受けた以上は二言はないさ」


「恩に着る」


 そう言って頭を下げた東郷に、しかしそこで浅葱は「待ちな」と制止する。


「ただし、だ。ひとつだけ条件がある。そいつをあんたらが引き受けてくれるなら、直してやる」


「……おいおい待てよォ婆さん、あんたさっき引き受けた云々って言ったろォ?」


「うっさい天パだねぇ。あんたらの組長にもそういうことで話がついてんだよ、下っ端は黙んな」


「なにをォ」


 後ろで聞いていたコイカワが身を乗り出してくるのを止めて、東郷は浅葱に問う。


「親父殿も納得してるなら、是非はねえ。教えてくれ、俺たちは何をすりゃいい」


 その問いに……少しの間の後、浅葱はこう続けた。


「人探しさ。いや……と言うよりは、刀探し、のほうが本題かね」


「刀探し?」


 尋ね返した東郷に、頷く浅葱。


「ああそうだ。あんたらにやってほしいのは、刀探し――あたしが昔に打った妖刀・・を見つけ出してほしいのさ」


 ――呪いの屋敷に学校の怪談、呪いのビデオときて今度は妖刀ときたか。

 思わず失笑しそうになるのを抑えながら、東郷は話の続きを聞くことにした。


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