■0//祓魔師たち
そこは、深い山の奥に佇むとある村。
古来より連綿と続く呪術師たちの村――そう言い伝えられ、地図にも載ることなく歴史の影に有り続けた秘境。
だが今はすでに、「だった」と過去形で言った方が正しいか。と言うのも、その村落に住んでいた者たちはすでに……一人残らず、事切れていたのだから。
村人の骸が転々と転がる中。あばら家が並んだその奥にそびえ立つ、いささか不釣り合いなほどの巨大で立派な日本屋敷。
その中に入ると、やはりそこも大量の死体で満ちていた。
だがそれは、村人のみではない。何らかの宗教的な装束を纏った者……それに加えて、手に手に刀や呪符などを携えた者までがいる。
どこか満ち足りた顔で転がっている村人たちのそれとは違い、宗教者たちの顔は恐怖と絶望に塗りつぶされていて。
そのコントラストがまた、ひどくおぞましい。
――屋敷をさらに、奥へと進む。座敷の床にぽっかりと開いた、地下通路。そこから地下水脈へと入り、さらに進んでいった先……そこに、複数の男女がいた。
年齢も性別もまちまちの彼ら。彼らが見つめていた先にあったのは、大きな岩戸――重機でも使わなければおよそ動かせないであろう巨大なそれが、しかし今は開いている。
ずずん、ずずん、と、不規則な振動とともに。開いたその中から漏れ出しているのは……漆黒色の泥だった。
光すら吸い込もうとするほどの汚泥。それらは生き物のように胎動を繰り返しながら、岩戸をさらにこじ開けて外に這い出そうとしている。
それを見つめながら、集団のうちの一人……白い狩衣姿の男性が呟いた。
「どうします、【教授】。幽冥の境が、閉じません……! せっかく『あれ』を封じ込めたというのに、これでは」
そう言いながら彼が視線を落とした先にあったのは、奇妙な鉄塊。人の腕程度の長さもある、びっしりと何かの呪詛が描き込まれた重厚な鉄板だ。
狩衣の男に言われて、先頭に立っていた男……【教授】と呼ばれていた黒いコート姿の男が舌打ちする。
「ああ、言われんでも分かってるさ。だが――一度開いちまった門を閉じるとなると、こちら側からだけじゃどうにもならん」
「彼岸からも後押ししなければ、ということですね」
会話に割って入ってきたのは、まだ少女と言っても差し支えない、小柄な着物姿の女性だった。
一同が緊迫した雰囲気を漂わせる中で、彼女は岩戸をじっと注視しながら静かに続ける。
「その役目、私にやらせてくれませんか」
「……バカ言うなよ、宮前。お前にゃ旦那とガキがいるだろう。そういうのは」
「『俺の役目』ですか?」
先回りしてそう言われて言葉に詰まる【教授】に、彼女……宮前と呼ばれた少女は猫のような笑みを浮かべる。
「【教授】は放っておくとすぐ、そうやってご自身を犠牲にしようとするんですから。でもダメです、貴方ほどの怪異殺しを喪ったら……それこそ人類にとっては大きな損失ですよ」
「だが……」
なおも納得のいかない様子で強面を歪める【教授】に、宮前は携えた扇をすっと差し向けた。
「私は、私の大切な人と、大切な息子を守りたいんです。そしてそのためには……【教授】、貴方にもしっかり生き続けて頂かなければいけない。だから今、私が行くんです――悪いですが、今生き残ってる中でその役目を担えるほどの力があるのはそれこそ私か【教授】くらいのものですしね」
ふふ、と笑いながらそう言って周りを見回す彼女に、しかし抗議する者などいようはずもない。
「宮前……」
彼女の言葉を受けてしばらく押し黙った後、【教授】は重々しく頷くと、
「……分かった。すまねえが、頼む」
「ええ、承りました。……あぁ、そんな情けない顔されないで下さいな。それに別に、死ぬと決まったわけじゃないんですから」
そう告げると、宮前はゆっくりと岩戸へ進み出し。
「――私は、帰ってきますよ。可愛い息子の将来を、母親として見守らないわけにはいきませんもの」
その瞬間、岩戸から弾け出した漆黒が、彼女の体を呑み込んだ――
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