■9//エピローグ
それから数日後の、午後。
珍しく人気のない東郷の事務所。一人、椅子に座って東郷が欠伸を噛み殺していると――お茶を淹れてきた美月が口を開いた。
「で……結局あの胡散臭い人は、なんだったの?」
そんな彼女の問いかけに、東郷は慣れないデスクワークで凝った肩を回しながら「ああ」と返す。
「あいつは『ホンモノ』さ。……と言っても、除霊とかそういうのに関しちゃ完璧に偽物だったんだけどな」
「……どういう意味?」
「ヤスの爺さん――前に君も世話になったろ、隣町の玉継神社の神主。あの爺さんが言うにはな、どうも二宮は生命力とか霊力とか、そういうのが人一倍強い体質らしいんだ」
「霊力、ねぇ」
怪訝な顔をする美月に、東郷もまた微妙な表情で呻く。
「仕方ねえだろ、あの爺さんがそう言ってるんだから。……ともかくそういう体質だからか、あいつが念を込めたものには強い霊力が宿るんだそうだ」
「……それならあの除霊グッズとかも、値段はともかく効果がありそうなものだけど」
「あったんだよ、効果は。ただ、二宮が思っていたのとは違う方向でな」
――神社まで二宮を連れて行った時、神主と交わしたやりとりを思い出す。
『お持ち頂いた除霊グッズとやらには、たしかに強い霊力が籠もってはおりますが……それだけなんですな』
『どういうことだ?』
『要するに、電池のようなものです。ただ指向性のないエネルギーだけが込められた状態――それゆえに力にしっかりと方向性が与えられれば、東郷さんが使われたように除霊の道具として役立ちますが、そうでなければ単なるエネルギーの塊に過ぎないというわけですね』
そんな神主の言に、東郷は納得する。二宮がデタラメに投げた除霊グッズは全然効かなかった……いや、それどころかあの「影」の力を強めてしまった。
だが東郷が使った時には「霊をぶん殴る」という強固な意思が込められていたがゆえに、実際に除霊の道具として扱うことができたというわけだ。
東郷が持ち帰った悪霊退散ダルマを眺めて苦笑しながら、神主はさらにこう続ける。
『そういうわけですから、これだけだと辺りを漂っている浮遊霊の類にとってはただの良い餌でしかありません。きっとこれがあったせいで、八幡さんの事務所は霊の吹き溜まりとなってしまったのでしょうね。そして恐らく、これまで二宮さんに依頼された方々も』
――そんな神主の言を美月に伝えると、彼女はしかし怪訝そうに首を傾げる。
「あいつの除霊グッズのせいで、事務所に霊を呼び込む結果になっちゃった……っていうのは分かったけど。でも、あいつを呼ぶ前から事務所では変なことが起こってたわけじゃない。それはどうして?」
その問いを東郷も予想していたため、頷くと静かにこう返した。
「鬼門さ」
「鬼門……って、なんか良くない方角、みたいなやつだっけ」
「俺も詳しくは知らんがな。神主に訊いたらそう言ってたよ。なんでも鬼門側に窓があったせいで、あそこが出入り口になって色々と入り込んできてたんだと」
鬼門。鬼が現れる境目。今では迷信に片足を突っ込んでいる事柄ではあるものの、曲がりなりにも土建屋を営んでいる八幡父がそれを気にせず事務所を構えたのはいささかどうなのかという気もするが……さらに調べてみたところ、どうやら事務所を斡旋した不動産業者が見取り図を改ざんしていたらしい。
それゆえに八幡父は鬼門に気付かずにあの事務所を借りてしまったというわけだ。……つくづくお人好しというか、騙されやすいというか。今後が心配になる御仁である。
「最初のまま放置してりゃ、精々たまに物が動くとか落ちるとかその程度で、それ以上のことは起こらなかったんだろうけどな。そこにあの雲海先生特性の除霊グッズ、もとい浮遊霊ホイホイが置かれたせいで話がこじれたと。分かってみりゃ、つくづく下らねえ話だぜ」
呆れ混じりに東郷がそう締めくくると、美月もまた頭を抑えて深いため息をついた後……なにかに気づいた様子で「あ」と呟く。
「ちょっと待って。だとしたら、とりあえず東郷さんがあの霊を追い払ってくれたけど……また元通りになるかもしれないってこと?」
「ああ。鬼門は開きっぱなしだからな。だから、こいつを持ってけ」
そう言って東郷は机の端に置いてあった小さな置物を手に取ると、無造作に美月に投げ渡す。
手のひらに収まるようなそれは、見たところ木彫りの猿……のようだった。裏返してみると、そこには見覚えのある筆文字で「悪霊退散」と書いてある。
「鬼門封じの置物だ。そいつを窓際に置いておけば大丈夫らしい」
「……これ、あいつが作ったやつでしょ? 大丈夫なの?」
「神主がしっかり指導して作らせたから、効果はお墨付きだ」
そう東郷が返すと、美月は怪訝そうに見つめながらも頷いて……木彫りの猿を手に握ったままで、さらに問いを重ねた。
「それで、あいつ本人はどうしているの?」
「そんな妙な素質を持ってる以上は放ってもおけねえからよ。神主のところに弟子入りさせることにした。詐欺で稼いだ金は全額きっちり返済させて――足りねえ分は俺らが立て替える代わりに、あいつに除霊用の道具をたんまり作らせるって約束だ」
今後、この手の事件に関わるつもりは毛頭ない。毛頭ないのだが……この調子だとどうしても、また妙なことに関わってしまうような嫌な予感はする。
虎の子の白鞘が今はあの有様である以上、それに代わる武器はしっかりと準備しておきたい――そういう意味でも、この取引は東郷にとっても悪いものではなかった。
「……被害って言えば、あいつの除霊グッズのせいで音信不通になった被害者とかもいたんでしょ。そっちは大丈夫なの?」
「ああ、それなら――幸いまだ手遅れってわけじゃなさそうだったんでな。二宮を直接被害者のところに行かせてケジメつけさせてるところだ。一応、ヤスとコイカワも付けてるから大丈夫だろう」
「ああ……だから二人とも、今日はいないのね」
二宮自身としても、自分がやったことでここまでのことになるとは思っていなかったのだろう。多少は責任を感じたらしく、音信不通になっていた被害者と改めて連絡を取ったらしい。
結果としては、不幸中の幸いと言うべきか全員命は無事だったようだが――やはり深刻な霊現象に依然として悩まされているという。
ヤスとコイカワだけで対処できるかはなんとも言えないところだが、今のところは泣き言の連絡もないため多分大丈夫だろう。多分。
そんな東郷の話を聞き終えて、美月は肩をすくめながらぼやく。
「なんていうか……貴方って本当にお節介焼きというかお人好しよね、ヤクザのくせに」
「冗談はよしてくれ、美月ちゃん」
そう言って憮然としながらくるりと椅子を回して顔を背ける東郷。
その大きな背中と、手に握った木彫りの猿とを見つめながら――美月は珍しく、楽しそうに微笑みながら小さく呟いた。
「ありがとね、東郷さん」
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