■1//お分かり頂けただろうか

 とある小さな土建屋事務所。

 防犯のために設置された監視カメラが、深夜の事務所内部をそのレンズで捉え続けていた。

 夜の九時を回り、残業をしていた最後の社員がその場を後にする。電灯が消され、闇に包まれた事務所の中では当然、動くものなどいない。

 作業用のパソコンが数台と、各デスクに乱雑に書類が積み上げられた事務所内。物品が運び込まれてまだそれほど期間が経っていないらしく、周囲の床には引越し業者の段ボールが散乱している。

 しばらく早回しで映像を送っても、誰もいないのだ、やはり当然変化もない。

 だが――そうして送って、カメラの時刻が午前零時を回った頃のことだった。事務所内を映し続けるカメラの画面端、ちょうど事務所の窓が見えるあたりに、揺らめく「なにか」が見えたのだ。

 それは、黒い影。

 人かどうかは定かでないが、その影はゆらゆらと煙のように揺らめいて……それ以外何をするわけでもなく数秒ほどそこにいたかと思うと、次の瞬間にはふっと霧散する。

 泥棒などではない。人間であれば、そんなふうに消えはしまい。

 それに何より――この映像にはまだ、続きがあったのだ。


 影が消えてから数分後。事務所の戸棚に置かれていたダルマがかたかたと揺れて、床に転がり落ちる。

 この時刻、地震があったという情報はない。それに事務所内の他の物は一切揺れていない――明らかにそのダルマだけが落ちたのだ。

 しかもその後に、デスク上のいくつかの書類も床に落ちて……次の瞬間、カメラが真っ黒ななにかに覆われ、映像が途切れる。

 故障ではない。カメラの前に、なにかがいるのだ・・・・・・・・

 その証拠に映像が終わる直前、それは映る。


 ぎょろりとカメラを覗き込む、血走った瞳が――


――。

「ぎゃああぁあぁああぁぁァアァあぁ!!??」


 映像を見終えて真っ先に叫び出したのはパンチパーマのヤクザ、コイカワだった。

 その隣で、叫びこそしないものの青ざめた顔で……一同の中では最も若い下っ端ヤクザ、ヤスが呟く。


「うわわ……マジモンッスね、こいつぁ」


 口々に言う二人の反応を見て、ノートパソコンで映像を再生した主――八幡美月は真剣な眼差しで、ソファに座っている第三の男へと向き直った。


「見ての通りなの。東郷さん、こんなことを頼めた義理じゃないのは分かるけど……お願い。お父さんを――助けて下さい」


 指定暴力団「経極きょうごく組」の事務所応接間。そう言って頭を下げる少女に、事務所の主にして組若頭である彼、東郷は――ソファに座って腕を組んだまま、しばしの沈黙の後で小さくため息をついた。


「……ったく、分かったよ。君には貸しもあるしな、ここで断るのは仁義がすたる」


 そんな東郷の返答に、緊張の面持ちを緩めて表情を明るくする美月。その反応を横目で見つつ、東郷は頭をかきながら回想する。

 ことの発端は今からほんの数時間ほど前――美月が持ちかけてきた、とある相談に遡るのだ。


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