第33話 アントンの末路

 深夜、ある男が金持ちの屋敷に侵入した。


 男の名前はアントン。


 盗賊ギルドに所属している正真正銘の盗賊である。


「流石は金持ち。無駄にでかい屋敷と必要以上に多い部屋のおかげで入んのめちゃくちゃ簡単だったぜ」


 口笛でも吹きそうな程上機嫌に廊下を歩き、適当な部屋に入っては目についた高価な物をポケットや袋に突っ込んでいく。

 適当に歩いているがしっかり足音は消し、部屋のドアごしに人の気配を感じ取れるあたりかなりの腕前であることがうかがえる。


「見回りの奴もいねえし、こりゃうまくいけば幹部になれる程の額が稼げるんじゃねえの」


 見つける部屋も人がいないどころかしばらく使っていた様子もなく順調過ぎる程に進んでいたが、歩いていた廊下の先から足音と明かりが見え慌てて近くの部屋へ逃げ込んだ。


「おお、危ねえ。全くの無人ってワケねえか」


 その後も度々聞こえてくる足音と明かりを避けながら進んでいき、屋敷の最上階へたどり着いた。


「こんな上まで来るのは危ないが……まあ窓がありゃ問題ねえか。いざとなりゃ窓から飛び降りゃ俺なら無傷で済むしな」


 しかしそろそろ持てる量の限界が近づいてきたのでここを最後にと、アントンは他の部屋より一際目立つ部屋の中へ入った。


 その部屋は今まで入った部屋より格段に豪華で、展示ケースには見るからに貴重そうな宝飾品などが飾られているが鍵はその近くにあるチェストの上にあり、更にそこには宝石がそのまま無造作に置かれている。


「こりゃこの家主の部屋か? 街一番の金持ちってのは伊達じゃねえってか」


 ポイポイと宝石を袋に放り込み、展示ケースに手をかけようとしたところであの足音が遠くから聞こえてきてアントンは動きを止めた。


 足音はこの部屋へ向かってきている。


「やべえ、そういやこの部屋の奴いねえしあの足音はそいつか。まあこんだけありゃ十分だろ。さっさと逃げるか」


 足音からしてまだ距離はあると、余裕を持って窓へと向かう。


 しかし……。


「あ? おい、何だよコレ……窓、窓はどこだよっ」


 窓と思われたものは実はただの絵で、壁のあちこちを触るが窓らしきものは何処にもない。


 そうこうしている内に足音はドンドン近づいてくる。


「そうだタンスっ。ここに来るってことはもう寝るんだろうし、その時に逃げるか」

「何だまたココか。私の屋敷に入った者は皆、そういう習性でもあるのかどう誘導しようが最終的にこの部屋へ来るな」


 タンスに手をかけた瞬間、部屋のドアが開けられ後ろから声がかけられた。


 咄嗟に逃げようとしたアントンだが、何故か体が動かない。

 決して振り向いてはいけないと、本能がそう全力で訴えている。


 そんなアントンの心中を察したのかクツクツと笑う声が響く。


「生きる者の本能か。死にたくないのならば最初からここに入らなければよいものを」


 アントンの背に冷や汗が流れた。


 あの足音が聞こえた時から既にこの部屋へ誘導する罠でありそれに引っかかってしまった。


 このままでは殺される。


 死にたくない。


 ゆっくり、気づかれないようにアントンは隠し持っていたナイフを握った。


 護身用のナイフで相手を殺そうとは考えていない。

 一瞬の隙さえ出来ればそのまま全力で走れば逃げ切れる。


 覚悟を決め、アントンは振り返り背後にいる者めがけてナイフを振りかざした。


「甘い。ナイフ如きで怯む私ではないぞ」


 振り返ったアントンが見たのは金色の髪に赤い瞳。

 そして、鋭く伸びた二本の牙だった。


 ******


 ヴィルモントの屋敷に泥棒が侵入したらしい。


 泥棒は既に殺され死体は木に吊るされていると、エルとアールが興奮しながらクラウス達に報告してきた。


「僕達死体を見に行ったんですけど、赤い髪の男でした! もしかしてシスターの言っていたアントンって人じゃないですか!?」

「さあなあ、俺はアントンの顔を知らないから何とも言えんな」


 アールが興奮しながら話すのをクラウスは適当に返しながらクライスの方に視線を向けた。


 クライスはどこか嬉しそうにコーヒーを飲んでいる。


「シスターを連れて行けばいいんでしょうが、あんまり辛い過去を思い出させたくありませんし……もし違ったら危険ですし、どうしましょう」

「どうもしなくていい。見たかったら勝手に行くだろう、お前達が気にする必要はない」


 クラウスは手の平を軽く振り双子を仕事に戻らせるとクライスに話しかけた。


「……クライス、お前昨日何をした」


 昨日クライスはシスターの話を聞いてから落ち込んでいたように見えたが、ふいに「飲みに行ってくる」と出かけてしまった。

 数時間後には帰ってきたが、その間の詳細は知らない。


「普通に酒を飲みに行っただけだ。たまには店で飲みたくなる日もあるだろう」

「わざわざここから遠い南に? しかも安い酒場に、安い服に着替えてまで」

「店にあった服を着ないと浮くだろう。絡まれるのも面倒だしな」


 聞きたいことは分かっているくせにわざと外して答えるクライスだが、いつもの事なのでクラウスは特に気にせず話を続けていく。


「アントンに何かしたのか」

「何も。話しかけてきたのは向こうで、俺はこの街で一番の金持ちは誰かと聞かれたからそれはヴィルモントだと答えただけだ」

「ワザとだろ」

「まさか。実際一番金を持っているだろう、ヴィルモントは」


 クライスは確かに酒を飲んでいただけだがそうなるように仕向けた感が半端なく、クラウスはため息をついた。


「ヴィルモントが気づいたらうるさそうだな」

「気づいているんじゃないか。あれは嫌な方にばかり頭が回る性悪だからな」


 お前も結構そうだよな。


 かろうじてその言葉をクラウスは飲み込んだ。


 そんなクラウスの心中に気づかず、クライスは残っていたコーヒーを一息で飲み終えると席を立ち上がった。


「どこか出かけるのか?」

「ああ。シスター、イチを連れて行きたい場所があってな。その為にわざわざ遠出したんだ、それ相応の成果は手に入れないとな」

「……やっぱりワザとだったんじゃないか」


 パタリとドアを閉じられた後に呟いたクラウスの言葉に反応する者はいなかった。


 ******


「ここは?」


 クライスがイチと共に訪れたのは小さな墓地だった。


「共同墓地だ。共同とは言っても誰でもいいわけじゃないんだがな」


 街から少し離れた場所にあるこの墓地は、墓地というには少し小さく墓石は数える程しかない。


 軽く周りを見てからイチは一箇所だけ墓石もなく綺麗に整えられた場所を見つけた。


「ここだけ綺麗ね」

「新しい墓を作ろうとしているところだ。ゼロのな」

「え?」

「墓があれば少なくとも存在していた証にはなるだろう、墓の中が空だとしても」

「…………」


 イチは黙ったままそこにしゃがみ込むと、恐る恐る指で地面を撫でた。


「アントンは死んだ。もうお前を追う者はいない。逃げる必要がないのならこのままこの街で暮らし、あの屋敷を『帰る場所』にすればいい」


 ピタリとイチの指が止まる。


「……、嫌か?」

「……分からない。今、ここで頷いたら、前の『いつもの場所』はどうなるのか。ゼロのお墓はここにあっても、ゼロと暮らしたあの街はここじゃないから……怖い」


 イチはしゃがんだまま動かなくなった。

 その姿を見て少し早すぎたかとクライスは唇を軽く噛んだ。


「怖がらせて悪かった。今日はもう戻ろうか」


 イチの隣に立ち肩を抱いて立たせると素直に従い、ゆっくりとぎごちなくクライスの肩に頭を寄せてきた。


「イチ?」

「……ありがとう。ゼロのお墓も、帰る場所も……考えてくれて」

「……いつか分かるといいな」


 何となくイチの頭を撫でながらクライスは屋敷へと戻った。

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