第29話 泥が乾くまで

「シスター! 一緒に買い物に行きましょう!」


 仕事が一段楽ついたのかそれとも買い出しに行くのか、アールがシスターを買い物に誘いエルと三人で出かけて行くのをクラウスは眺めていた。

 モニカが何も言っていないので特に問題もないだろうと思っていたらすぐに帰ってきた。


 何故か泥まみれで。


「ボス……」

「ボスー……」

「何があったかは後で聞くからそれ以上近づくな。まずは風呂に入って着替えてこい、モニカ!」


 今にも泣き出して抱きついてきそうな二人の気配を察しクラウスは先手を打ち、おかげで二人は素直に風呂場へと向かい二次被害は免れた。


「あの、クラウス様」


 安堵の息をつくと、双子の着替えを用意し終えたのかモニカがおずおずとした様子で話しかけてきた。


 その顔を見ただけでまだ何かあるなと分かり、クラウスの口からは勝手に重いため息が出てくる。


「何だ」

「エルさんとアールさんの言っていた泥なのですが……ただの泥だけではなく染料も混じっているので完璧に汚れを落とすことが出来ません。申し訳ありません」

「ああ……新しいのを用意させるからそれは捨てていい。エルとアールは着替えが済んだらすぐ俺の部屋に来るよう伝えておけ」

「かしこまりました」


 モニカは深く頭を下げると仕事に戻っていき、クラウスはまたため息をついた。


 モニカは気づかなかったみたいだが、染料を混ぜている時点で明らかに狙われている。

 狙っているのは双子か、何故か一緒に帰って来なかったシスターか。


 残念なことにクライスは仕事で外出中。


 後をつけられている可能性を考えクラウスは念の為シスターの行方と不審者がいないか調べてくるよう部下に命じた。


 ******


「ボスー」

「失礼します」


 双子は思ったより早く部屋にやってきた。本当に急いで来たらしく、髪は乾いておらず湿っている。


「で、何があった」


 アールは帰ってきた時と変わらず半泣きで「ボス」としか言わず、エルが話しだした。


「えっと、話そうにもいきなり過ぎて僕もよく分からないんです。噴水広場までは何もなかったんです、でもそこに来た途端に何処からか泥を投げつけられて僕達もシスターも泥まみれになりました」


 エルが言うにはシスターが一番泥をかぶったらしく、にも関わらず双子にだけ今すぐ屋敷へ帰るよう言ったらしい。


「それで? 何処へ行くかは言わなかったのか?」

「はい。ただ泥を見た瞬間にシスターがすごく思いつめたような顔をして……」

「あのっ! シスター、ここに帰ってきますよねね」


 泣きそうな声で急にアールが話しだしてきた。


「僕、シスターも一緒に帰りましょうって言ったんです。でもシスター『今日は行かない』って……泥が乾くまでは行けないって言ったんです」

「泥が乾くまで……」


 さて、とクラウスは考える。


『泥が乾くまで』 は言葉どおりの意味か、それとも何か隠れた意味でもあるのか。


 その時ドアをノックする音が響き、部下が入ってきた。


「失礼します、クラウス様」

「何か分かったか」

「はい。クラウス様の仰っていたように、泥の跡をつけている者がいました。我々も泥の跡を追いましたが残念ながら南へ入ったのを最後に泥は消えてしまいました。不審者の方は現在南に留まりシスターを探し続けているようです」

「ボス! 僕シスターを探しに行ってきます!」

「僕も!」


 今にも部屋から飛び出しそうな双子を、クラウスは強い声で止めた。


「お前達はあの女と一緒にいるのを見られているだろう、下手すると不審者がこちらの跡をつけてくる。あの女も多分それを分かってお前達だけを帰したんじゃないのか、そこまで頭の回るやつならの話だが」

「でも……シスターは大丈夫なんでしょうか」

「さあな。少なくとも不審者の事は知っているようだし長い間野良生活をしていたんだ、一晩ぐらい問題ないだろう」


 クライスが帰って来ればシスターを探しに行くだろうし、不審者の特定も部下に命じているので後は待つだけなのだが……。


「とりあえずクライスが帰ってくるのを待つか。全てはそれからだ」


 クライスに投げよう。

 ここ最近、問題が続いて起きているのでクラウスは少し疲れていた。今後の事を思うと少し面倒くさくもなっている。


 双子はまだ何か言いたそうだったが、これ以上はどうしようもなく渋々部屋へと戻っていった。


******


 夜になり帰ってきたクライスは事情を聞くと案外冷静で、シスターを探しに行くことはせず街の出入り口に見張りを置くだけで終わらせた。


「意外だな。すぐ探しに行くと思ったのに」

「探しに行きたいのは山々だが、その不審者が気になる。シスターは明日偶然を装って見つけに行くが、不審者の方はどうする」

「身元が分かってからだな」

「そうか……自分で帰ってきてくれたらいいんだが」


 クライスの願いもむなしく、結局その日シスターが帰ってくることはなかった。

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