第28話 吸血鬼ハンターと四大貴族

 俺は吸血鬼退治を専門とする吸血鬼ハンター。名前はソレイド。


 この世界には様々な種族が存在しているが、中には人を食らう危険なのもいる。


 代表的なのは人狼、鬼、そして吸血鬼。

 他にも人を襲う魔物や脅威となる種族はいるが、こいつらの厄介な所は人間と同じ高度な知能を持ち人間社会の中に溶け込むことだ。

 特に吸血鬼はその知能の高さから社会的地位についていることが多い。


 今回俺はギルドからある依頼を受け、このヒールハイへやってきた。


 依頼の内容はヒールハイを支配している四大貴族の一人ヴィルモントが吸血鬼の疑いがあるのでそれを調べ吸血鬼なら報告、可能なら討伐排除すること。


 何でもこのヴィルモントは滅多に姿を現さず、百年近く見た目が変わらずこの街を支配しているらしい。

 同じく何百年と見た目の変わらないドルドラもいるが、奴は昼間から外に出ているのを目撃されているので疑いは晴れた。


 悪党の街ヒールハイ。

 ありとあらゆる犯罪がひしめき、凶悪な犯罪者も潜んでいるという最悪の街。

 確かにここなら身をひそめるのにうってつけな上人も殺し放題、支配者なら尚のことやりやすい。


 勿論こんな街に住む奴らもまともである筈がない。街も盗みや殺人で溢れかえり、秩序なんてものがないに決まっている。

 吸血鬼だけが敵ではない。油断してやられないように気を引き締め、俺はこの街へ入った。


 ……。


 街に入って三日目の朝……俺は今ヴィルモントと朝食を共にしている。


「朝限定は大抵軽いものが多いが、やはり冒険者は肉や揚げ物など重いものの方が好むのだろうか」

「ど、どうなんでしょう。気にしたことがないので私には分かりません……」

「私もだ。ローラントは歳のせいか朝に肉は嫌がるが昼や夜だとむしろ肉を好み、ドルドラは朝から肉でも気にせず、クラウスも朝から重いのはイヤがるが少量なら肉があってもいいとてんでバラバラでな、基準が分からないのだ」


 このヴィルモント、やたらと喋る。とにかく喋る。

 そしてテンションが高い。


 そもそもどうしてこうなった。


 いや、確かに俺はヴィルモントに会おうとした。

 色々住人の話を聞いているうちに大農場を経営しているドルドラは収穫期で人手を探していると聞き、いつの間にか俺がそこで働きたいと言うことになり手伝わされた。


 ドルドラ直々に礼を言われ、ヴィルモントの事を聞くと何故か始まった一人愚痴大会。


 四大貴族はお互い仲が悪く常に争い憎み合っていると聞いたがこれは違う。


 海老フライにレモンをかけるかタルタルソースをかけるかで揉めたとか、ヴィルモントは口達者の引きこもり食い道楽とか、確かに仲は悪いかもしれないが俺の思う悪さじゃない。

 聞きたいのはそんな事じゃない。


 そのまま愚痴を聞かされ続けていると、畑を手伝いに来ていたという双子の迎えにクラウスが来た。


 四大貴族がわざわざ使用人の迎えに?

 子供、というわけではなさそうだが……。


「わざわざお前が迎えに来たのか?」

「ついでだ。近くの洞窟で吸血鬼が目撃されたから確認しに行くところだ」

「冒険ですか! 僕も行きたいです!」

「あの、邪魔はしないので僕も行っていいですか?」

「却下だ。今日は屋敷にクライスがいるからそっちに相手してもらえ」


 ……ヴィルモントの事もあるが、吸血鬼がいると聞いて黙っているわけにはいかない。


 ドルドラに間に入ってもらい、洞窟の調査を引き受けた。

 クラウスの言うとおり吸血鬼はいたが、幸い数は集まっていなかったので俺一人で片付けることが出来た。


 街へ帰りクラウスに報告し、報酬としてヴィルモントの事を聞けばこちらは至って普通に話しが進んでいった。


「ヴィルモントと会いたい? それなら朝限定メニューを出すカフェかレストランに誘えば確実に来るぞ」

「朝……限定ですか?」

「食事代はお前が払わないといけないがな」

「あ、はいそれは勿論ですが……」


 そういえばドルドラはヴィルモントの事を食い道楽と言っていたが本当だったのか。


「吸血鬼を退治してくれた礼に手紙は書いておいてやる。今からはもう遅いから場所が決まり次第使いを送ってやろう」

「は、はい。ありがとうございます」


 そうしてトントン拍子にヴィルモントに会うことが出来たのだが……。


 指定されたカフェに入って真っ先に目に入ったのは真っ黒のローブを着た怪しさ全開の奴。

 案の定そいつがヴィルモントだったわけだが。


「お前が私に会いたいと言っていた者か、ここの朝限定メニューは気になっていたので助かった。ローラントやクラウスはいくら私が誘っても行くと言わんし、ドルドラに至っては無視をするのだ。どいつもこいつも冷たい奴とは思わんか」


 初対面の挨拶からテンションが高くて早口で話しだしてきた。

 とりあえずヴィルモントは四大貴族から嫌われているか避けられているのではないかと思う。


 俺もクラウスに同席を頼んだが、一切妥協の気を感じさせない断り方をされたからだ。


「ああ、そうそう私のこの格好はあまり気にするな。私は気にしていないのだがこの容姿はかなり人目をひくらしくてな、人の多い場所に行く時はこのように髪を見えないようにする必要があるのだ」


 そう言ってローブの隙間から見せてきたヴィルモントの髪は、それは見事な銀髪だった。


「随分と……珍しい髪色ですね」


 銀の髪が特徴の種族なんていたか?

 歳を取れば白髪にはなるが、ヴィルモントの髪は明らかに銀色でキラキラと輝いているようにも見える。


 人狼、は違う。鬼も違う。


「そうだろう、私のこの髪はいわゆる先祖返りというものでな。何でも遠い先祖が銀色の種族だったとかで、かなりあやふやなのだがとにかく一族の中でもこの髪色なのは私だけでな。おかげで小さい頃は怪物と呼ばれたが今ではいい思い出だ。勿論本来の髪色になる時もあるが、常にではない上に短い時間なので全く意味がない」


 ベラベラと聞いてもいないのにドンドン話してくれるのは有難いが、正直鬱陶しい。

 他の四大貴族が一緒に食事を避ける理由が心底分かる。


 よくこんなテンションの高さが維持できるものだ。


 吸血鬼の特徴は金髪赤眼というが、ヴィルモントは銀髪の茶色い瞳。

 何より普通に朝から外へ出る上に、期間限定メニューのカフェとレストラン巡りを趣味としている。


 本当にどうでもいい事ばかりをベラベラと喋ってくれる。

 いや、本人は真面目かもしれんがパセリのあるなしによる食欲の違いとか言われても全く分からん。


 これはもう確実に、ヴィルモントは吸血鬼ではない。


 何度か高い地位に就いている吸血鬼と闘ったことはあるが、どの吸血鬼も知性を感じさせ冷静で落ち着いた性格をしていた。

 そして何があろうと、決して陽の出ている時間に外へ出ようとはしなかった。


 いくら吸血鬼とはいえ食事の為に朝に外へ出たりはしないだろうし、そもそも血液以外の食事は取らない。


 食事を終えたらさっさと街を出てギルドへ報告に戻ろう。

 一応近くに吸血鬼が現れたから手ぶらではないのが救いだな。


 とりあえず、ヴィルモントは喋るのをそろそろ止めてほしい。

 海老フライに何をかけるかとか聞くな。

 俺は素材の味をそのまま楽しむ派だ。


 ******


「ソレイドは昨日の昼に街を出た。ヴィルモントの疑いは解けたみたいだな」


 次の日。

 今回は珍しくローラントの屋敷に集まり、まずはクラウスがソレイドについて報告した。


「そうか、わざわざ朝に出かけた甲斐があったというものだ。おかげで朝限定メニューも全店コンプリートできたのだからな」

「俺も収穫の手伝いをさせたから今回は楽だったな」

「そうだな、俺も洞窟調査を奴に任せたから手間が省けた。吸血鬼は実入りがほとんど無いから丁度良かった」


 それぞれ何かしらの利益があったみたいだが、ローラントだけが少し拗ねている。


「私にもそいつを回してくれれば少しは仕事をさせられたのに……」

「冒険者に機密書類を見せる気か」

「闘技場に参加とか……」

「それは仕事じゃないだろう」

「しかもそれで万が一ソレイドが死んだらどうする。また別の吸血鬼ハンターがやってくるぞ」


 クラウスとドルドラに宥められるが、ローラントからすれば仲間外れにされたようであまりいい気分はしない。


「お前の手際が良かっただけだろう。次からは何かしらの仕事を任せられるよう手を抜いておけばいい」

「そうか……次はちゃんと調整しておこう」


 ヴィルモントのおかげでローラントの機嫌が治ったが、今度はドルドラが嫌そうに顔をしかめた。


「気軽に次と言うな。吸血鬼ハンターはしばらく大丈夫だろうから次は鬼専門のハンターが来るだろうが」

「そうなればまたクラウスが事前に情報を入手するから準備すれば良かろう、今回の私のように」

「貴様の朝カフェ巡りは趣味だろうが!」

「確かに趣味だが命は賭けている! あの日光遮断ローブが無ければ灰になるのだぞ。先祖返りはこの銀髪と少し心が読めるだけで、基本は吸血鬼だ」

「誰もそんなことは聞いていない!」

「貴様もハンターを誤魔化す為に命を賭けろと言っているのだ!」


 またドルドラとヴィルモントが口喧嘩を始めたのを、クラウスとローラントは他人事と眺めている。


「鬼専門のハンターなんていたかな?」

「さあ? ただの腕に自信がある冒険者じゃないか? 鬼には人狼や吸血鬼みたいな決定的な弱点はない筈だが」


 実は吸血鬼ハンターが来ることは既に四大貴族に情報がまわっており、あちこちこき使われただけのソレイドだった。

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