第23話 エルとアールの矛盾点
エルとアールの朝は早い。
誰よりも、ではないがモニカの次くらいに早く起きて仕事を始める。
いつもならモニカから今日の注意事項を聞いてそのまま仕事に入るのだが、今日は違った。
「エルさんアールさん、クラウス様がお呼びですので今日は朝食が済みましたら速やかにクラウス様のお部屋に行ってください」
「え? 何かあったんですか?」
「それはむしろ私が聞きたいのですが……何か心当たりはありますか?」
「特にないですが……アールは? 何かない?」
「え、ないよ。言われた通り神父様やシスターを見つけても突進して抱きついたりしていないし、ボスに言われてからは屋敷内で魔法も使っていないよ」
「そんな事してたの……」
「クラウス様の前で魔法……それが原因では?」
エルも知らなかったアールの行動に、恐らく呼ばれた原因はアールの行動だろうと見当をつけた。
「でも僕も知らないうちに何か失礼な事をしていたかもしれませんし……生きて帰れるでしょうか。僕達、明日もここで働けますよね」
「裏切ったり敵対行為さえしていなければ大丈夫だと思いますが……していませんよね? なんでしたら今からでもお二人の食事を豪華なものに……」
「最後の晩餐みたいなので止めてくださいっ」
「あれ、じゃあ今日はモニカさん一人になっちゃいますけど大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。お二人が来られるまで短い間でしたが一人で全てしていましたし、今ならまだハーヴィーさんもいますから。今日一日ぐらいならいいんです、お願いですから明日も生きて屋敷にいて下さいね」
二人の心配をしているが、クラウスに絶対の忠誠を誓っているモニカからすれば疑惑が出た時点でかなり動揺しているらしく、どこかそわそわと落ち着きがない。
そんなモニカを落ち着かせる為にエルはモニカの手を両手でギュッと握りしめた。
「僕達はボスを裏切っていませんから。そこだけは信じて下さい」
「……分かりました。では今晩はお二人の好物を作っていますので」
「はい! 楽しみだねエル!」
「うん……そうだね」
どこまでも明るいアールにエルはため息をついた。
******
「僕達大丈夫かな、生きていられるのかな」
味の分からない朝食をいつもより早く済ませ、エルはクラウスの部屋へ向かいながら少しでも不安を紛らわせようとアールに話しかける。
「大丈夫だよ、僕達はボスを裏切っていないから。屋敷からは追い出されるかもしれないけど、この街に住み続けることは出来るし。だってここは悪党の街ヒールハイだよ? どんな人でも住むことが出来る街だからね」
「アール……そうだよね。うん、大丈夫だよね」
気づけばクラウスの部屋の前に着いており、エルはアールの手を握りしめ一度深呼吸をしてからドアをノックした。
すぐに返事があったが覚悟を決める為にもう一度深呼吸してからドアを開けると中にはいつかのように机で書類を見ているクラウスと、その横にクライスとシスターが立っていた。
「あ、シスター! シスターも呼ばれたんですか?」
「呼ばれたというか、ここにいるように言われたんだけど……そっちは何かしたの?」
「え、と、その、僕達も、ここに来るように言われて……」
「やっと来たな。クライス」
「ああ、こっちに来てくれ。そんなに固まらなくていい、少し聞きたいことがあるだけだ」
クライスは双子を近くのソファに案内して座らせると、自分は後ろにまわって立ったままシスターを手招きで呼び同じく隣に立たせ、クラウスは双子の向かいに座ると間に置いているテーブルに一枚の書類を置いた。
「あ、あの」
「本当はもう少し早く聞こうとしたんだがな、立て続けに色んな問題が起きて今になってしまった」
「は、はあ」
そう話すクラウスは特に冷たい感じもなく、ただの考えすぎかとエルが肩の力を抜いた時だった。
「お前達は一体どこの人間だ?」
「!!」
「ぼ、僕達はカーニースの北にある名もない村から来ました!」
固まったエルを庇うようにアールが話す。
「そうだな、確かにカーニースの北には小さい村がある。だが俺が聞きたいのは、お前達はどこの国のどの街で生まれ育ったかだ」
「国……街……」
「あの村はかなり貧しいらしいな、老人ばかりでろくな労働力もなければ特産品もない。言っている意味、分かるか?」
クラウスの言葉にエルもアールも何も言えなくなってしまい、ただ見つめるだけしか出来ない。
「貧しい村というのは日々の暮らしに精一杯で余裕がない、文字の読み書きも出来ない程な。部下に調べさせたがあの村の識字率は低く、文字の読み書きが出来るのは村長ぐらいだった」
「……」
「そんな村で生まれ育ったというのなら当然文字の読み書きが出来る筈がない。たとえ出来たとしても、計算は簡単なものしか出来ない」
「あ……」
計算、と言われエルが思い出したのは初めて買い出しを頼まれた時のハーヴィーのメモ。
あのややこしくまわりくどい書き方はこの為だったのかと思うとエルの背中に冷や汗が流れた。
隣をそっと見ると、アールはカタカタと体を震わせている。
「他にもお前達は村生まれにしては矛盾が多すぎる。銀食器を手慣れたように扱い屋敷の調度品に恐れず掃除、テーブルマナーを習得しており極めつけは公開処刑だ」
「え?」
「あの時サラッと街で育ったと取れる事を言っていただろう」
「あ、あ……」
思い出されるのはシスターが闘技場へと連れて行かれた時。
公開処刑が見世物みたいな話になった時にクラウスは『お前達のいた街では違ったのか』と聞き、双子は違わないと答えていた。
「念の為言っておくが、あの村には公開処刑を見世物にはしていなかった。いや、人が少ないから罪人もいなければそれをする余裕すらないと言うべきか」
どこか楽しそうな笑みを浮かべながらクラウスは双子を追い詰めていく。
「それとな、部下が調べに行った時村は騒ぎになっていたらしい。何でも一人の女が」
「あのっ!!」
「立ち上がっていいとは言っていない。座れ」
話の続きを遮るように勢いよく立ち上がったアールだがクラウスに睨まれ、大人しく座り直した。
「あの、話します。僕から、最初から最後までちゃんと全部話します……」
俯いたまま顔を上げずアールはポツポツと話し出した。
「ボスの言う通り、僕達はここから北西にある国で生まれた……貴族です」
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