第14話 四大貴族
明かりのない部屋に四人の男性が座っていた。
テーブルの中心には大きな鍋が置かれており、何か煮込んでいるのかグツグツと音がしている。
最低限の明かりとしてそれぞれ手元にろうそくが一本立てられているが鍋の中までは見えず、またろうそくも固定されているので動かすことは出来ない。
「それでは今より四大貴族恒例の不定例報告会を始める」
そう述べたのは白い肌が特徴の若い青年、四大貴族西の代表ヴィルモント。
ヴィルモントの言葉を合図に四人は同時に鍋へと箸やフォークを伸ばし、鍋の中身を取って食べ始めた。
「この暗さに意味はあるのか? 鍋の中が見えんぞ」
そう言っているのは南の代表ドルドラ。
鍋の中が見えないので適当に箸で掴んだものを皿に移したが、取ったものを見て少し眉を顰めている。
「闇鍋だからな。こうして暗闇の中で鍋の具を取り、取ったものは必ず食べなくてはいけない決まりだ。明るくしては意味がないだろう」
「珍しく各自食材を持ってこいと言ったと思ったら、それが理由か」
「報告会とは言ってもヴィルモントとドルドラがしょっちゅう使い魔を寄越してくるから話す内容はそれ程ないのだが……前から思っていたが食事会ではいけないのか?」
「私はちゃんとただの食事会だと言ったのだが気づいたら周りの者がそう言っていたのだ、四大貴族のようにな」
ヴィルモントがそう言うとクラウスとローラントは納得したのか「ああ」と頷き、ひたすら鍋をつついていたドルドラも箸を止めた。
「そうだ、その呼び名だ。貴族でないのに私まで貴族呼びは困る」
「直接の被害がないならいいだろう。こちらはそれが原因で部下とエグムントが暴走したんだ」
「私もそれに巻き込まれたな。まあ闘技場の売り上げ三ヶ月分を支払うと言ったからもういいが」
「エグムントの件は聞いた。四大貴族が原因とは?」
再び全員が鍋をつつき始めながらドルドラがたずねた。
「エグムントが四大貴族になった時に優遇してもらおうと、部下達がおだててゴマをすったのだ。エグムントはそれを真にうけてしまい今回の暴走に繋がった」
「勘違いするのはともかく私のことまで忘れていたのはどうなんだ?」
「忘れていたというより、ゴマすり連中の吹き込みでとにかく自分が上だと洗脳されたのだろう。我が息子ながら情けない」
申し訳なさそうにしながらも鍋は遠慮なく取っていき、クラウスやヴィルモントもあまり気にしていないのか返事もそこそこに鍋に集中している。
「まあ呼び名はもう諦めるしかない。それよりローラント、これからどうするのだ。今から再婚してまた子供を作るのか?」
「私の歳を考えると今からでは間に合わないのでどこかから養子を取ろうと考えている。そこでだクラウス、君のところに新しく来た双子がいるだろう?」
「却下だ。こちらは人手不足でようやく使える人間が来たのにそうやすやすと手放せるか」
「片方だけで構わない、私はあの子には素質があると見た」
「勝手に素質を見出すな双子を引き離そうとするな、そちらの要望は一切きかん」
「……おい」
先程から会話に入らず一心に鍋をつついていたドルドラが不機嫌そうな低い声で呼びかけた。強面にいかつい体格はかなりの迫力だが、付き合いの長い四大貴族から見ればどうということはない。
「どうした急に。今楽しいところだったのに」
「先程から全然肉が当たらないんだがどうなっているんだ? 私は大量の牛肉を持ってきたのにまだ一度も食べていないんだぞ」
「私はかなり当たっているが……ローラントは?」
「それなりだな。クラウスは」
「私も同じぐらいだ」
「何故私だけ当たらないんだ、明かりをつけさせろ」
「闇鍋の意味がなくなるが……思ったのと違うから構わんか。私がつけよう」
そう言ってヴィルモントがパチンと指を鳴らすと壁や天井に光の玉が現れ部屋が一気に明るくなり、四人は同時に鍋を覗き込んだ。
鍋の中にはドルドラの言っていた大量の肉に白菜ネギ、えのきに豆腐といった食材が入っている。
「これは……すき焼きか」
「スキヤキ?」
「海を越えたはるか東の国の料理だ」
ドルドラの疑問にヴィルモントが答えた。
「このすき焼きとやらを暗闇で食べるのが闇鍋なのか?」
「いや違う。本来ならごった煮となり、このように味も整わず食したものは悶絶不可避となる筈だが……お前達、何を持ってきたか言え。クラウス」
「白菜とえのき」
「ローラント」
「ネギとサトウキビだ」
「よし分かった。醤油ベースのダシにサトウキビの甘さが足され、更には偶然すき焼きの材料が揃ってしまいこの味になったのだな」
「待てヴィルモント。お前は何を入れたのだ、豆腐は分かるがこの白くて細長いのはなんだ」
「白滝だ。これも先程言った東の国のものだ」
「……半分近くお前が原因ではないか。まあこの味は嫌いではないからいいが」
そう言うとドルドラは今までの分を取り返すかのように肉だけを取り始め、他の者達も同様に思い思いの具を取り始めた。
「……大分時間が経ったと思うがまだ熱いな。火は使っていないように見えるのだが」
「火ではなく電気で熱を出させている。この鍋の下にある四角い板に電気を発する魔石を設置していてな、触るなよ」
「分かっているさ。この歳で電気を流されたら心臓が止まってしまいそうだ。しかし魔法の方が簡単だし金もかからないと思うが……これを用意したのはクラウスか。お前の魔法嫌いは相変わらずだな」
「魔石設置型の魔道具を使うようになっただけでもマシになった方だと思ってもらいたい」
「そうだクラウス、お前は今二十九だったな。結婚はしないのか? エグムントの方が二つ下だがあちらは確か婚約者がいただろう、今回の件で破談になったらしいが。そろそろ相手を見つけないといけないのではないか?」
『結婚』の言葉にクラウスが嫌そうな顔をしたのに対し、ひたすら肉を食べていたドルドラが嬉しそうに顔を上げた。
「何だクラウス、結婚相手を探しているのか? なら私の娘をやろう」
「いらん」
「私の親族はどうだ? ローラントのように取り返しがつかなくなる前にさっさと結婚して子供を作っておけ」
「余計な事をするな。したくなったらその内するから、娘は家を大事にしているローラントにでもやっておけ。まだ六十七なら養子を取らなくとも今から急げばギリギリ間に合うだろう、血筋も守れるぞ」
「いやいや、流石にこの歳で子供を作るのは厳しい」
「悪いがローラントは断る。娘をやった直後に寿命で死に別れなど可哀想なことはさせたくない」
「ほらドルドラもこう言っていることだ、大人しく貰っておきなさい」
「いらんと言っているだろう」
「私は特に構わん、再婚するか?」
「え」
「……ローラント、ヴィルモントが折角言ってくれているんだ。大人しく再婚しろ」
「ははは、息子の不祥事のすぐ後に再婚などできんよ。この話は止めよう、もっと実のある話をしようじゃないか」
「なら次の集まりに各自持ってくる食材の種類を決めるぞ。そうだな……」
四大貴族の不定例報告会。
街の者達の間では重要な会議で、ありとあらゆる悪事策略腹の探り合いが飛び交っていると恐れられているが実際はただの食事会で、交わされる話もどうってことないただの雑談だった。
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