第13話 シスター救出
闘技場の中は外の明るい雰囲気とは一変して薄暗く、重苦しさを感じる空気になっていた。
窓はあるがかなり高い場所に小さいのがあるだけで光はほとんど入らず、明かりは壁にかけてある魔法道具だけで中央は流石に十分な光が灯されているが、暖かさは全く感じられない。
「…………」
連れられてからもシスターは一言も喋らず、ぼんやりと上を眺めたまま腕を引かれるままに歩いていた。
それを闘技場の主の一人息子エグムントは何を思ったのかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらシスターに話しかけてきた。
「怖さで何も言えなくなったか? 最初から私に従っておけばこうならなかったのにな。どうする、今からでも私に赦しを乞うか? そうすれば今からでも処刑を止めて、犯罪奴隷になる程度ですませてやるぞ」
「……犯罪者。処刑ねえ……」
『犯罪』という言葉にシスターはピクリと反応し、初めてまともにエグムントの方へ顔を向けた。
「処刑する人は本当に犯罪者? ただ処刑する理由が欲しいだけじゃないの? ……犯罪関係なく」
パァンと乾いた音が響いた。
自嘲めいた笑みはエグムントには挑発ととらえられたらしく、シスターは左頬を強くぶたれ口端が切れたのか血が流れている。
「どうやらどうしても死にたいらしいな。門を開けろ!」
エグムントがそう言うとギギ、と重々しい音を響かせ処刑場へと続く門が開かれた。
「あっさりとは殺されてくれるなよ。無様に逃げ惑って観客共を楽しませてから死ね!」
「そんなに言うならお前が楽しませてやれ」
兵士がシスターの腕を引っ張り処刑場へと突き飛ばそうとした瞬間、クライスが現れシスターを自分の方へと引き込むとそのまま兵士を足で処刑場の方へと蹴り押し、門のそばにいた兵士は殴り飛ばして中へ入れるとすぐに門を閉じた。
観客席からは今までと違い武装した、しかも同時に二人が投入され盛大な歓声が湧き上がり盛り上がっているのに対し、門の内側はクライスと追いついてきた双子のエルとアールがエグムントと睨み合い音一つない張り詰めた空気が漂っている。
「貴様等……この私に盾突くとは……ただで済むと思うなよ」
そう言うエグムントの拳はブルブルと震え怒りに満ちているが、クライスは勿論エルとアールは全く怯んでいない。その態度がエグムントの怒りを更に煽る。
「いいか! 私はこの街を治めている四大貴族でありその中でも一番偉い東の四大貴族だぞ! 私に逆らうということは四大貴族全てを敵にまわすということ! この街どころかこの大陸で、いやこの世界で生きていけると思うな!」
「そこまでにしなさい、エグムント」
いきり立っているエグムントの背後から静かな声がかかった。
声をかけたのは初老と思われる少しくすんだ金髪の男性で、同時にクラウスも現れるがエグムントはその姿を見ると何故か勝ち誇った笑みを浮かべまたクライスの方へと顔を戻す。
「おいお前ら何を突っ立っている! 四大貴族である私の父上が来たのだ、頭を下げろ! 跪け! そうすればお前達の身分を剥奪して犯罪奴隷、いや奴隷最下層の永久奴隷に落とすぐらいで許してやるぞ」
「ここまでくるといっそ清々しいな。そうは思わないか? ローラント」
「何の言葉も出ない……いや、私の息子が申し訳ない」
「父上……?」
父親のローラントが謝罪したことでエグムントもようやく何かおかしい事に気づきはじめた。
「父上。何故父上がこんなただの貴族に謝罪などしているのですか」
「初めてではないのに何故忘れている。お前が公開処刑場を発案した時と次期当主だと正式に決まった時に会っているだろう。四大貴族、北の代表クラウス・アルヴォードだ」
「え。あ……」
本気で忘れていたのか今更になってエグムントの全身から血の気が引き顔も真っ青になっているが、もう遅い。
「エグムント、私は何度も教えた筈だ。四大貴族とは街の者達がいつの間にか呼んでいるだけで家や血筋は関係ないと。そしてお前は次期当主ではあるが、私が引退するまでは当主関連の権利は一切ないとも」
「し、しかし父上、私が当主になり四大貴族になればあの者とは対等、いや私の方が立場は上。ならば何も問題ないでしょう!」
顔はまだ青いが再び強気になったエグムントにローラントはため息をつき、ボスは笑いながら口を開いた。
「残念だな、エグムント。四大貴族の中で一番優しい私にだけ喧嘩を売っていればまだ良かったものを」
「な、何がだ」
「クラウス、後は私に任せてくれないか、詳細は決まり次第すぐに報告する。エグムント、私はお前の次期当主の宣言を撤回する」
ローラントの発言と同時に観客席から一段と大きな歓声が上がった。
どちらかは分からないが勝敗が決まったらしく、拍手まで聞こえてきている。
「……まあいいだろう、誠実な対応を期待する。おい、帰るぞ」
「え、あ、はいっ」
クラウスに声をかけられ、今までずっと見ているだけだったエルが真っ先に返事をした。
本当はクラウスが現れた時点で双子は声をかけようとしたのをクライスに手で口を塞がれ、そのままずっと押さえ込まれていた。
「プハッ、シスター。大丈夫でしたか? あれ、シスター?」
アールもクライスの拘束から逃れシスターに声をかけたが何の反応もない。
「? どうした?」
クライスも異常に気づき話しかけるとシスターは何か呟きフラフラと歩き出したが、三歩も歩かないうちにそのまま倒れて動かなくなった。
「シスター!!」
******
あれからシスターはクラウスの屋敷へと運ばれ、今もベッドで目を覚まさずにいる。
「ハーヴィーさん、シスターどうしたんですか。病気ですか?」
「落ち着いてください、えーとエル君?」
「そっちはアールです。でも僕も気になります、教えてくださいハーヴィーさん」
双子からの質問責めにハーヴィーは助けを求めて視線を彷徨わせるが、クライスもシスターのことが気になるのか話せと目で命令され項垂れた。クラウスは屋敷に帰るなりさっさと自室に戻ってしまいここにはいない。
「えーと、命に別状はないので安心してください」
「じゃあ何で倒れたんですか?」
「んん、それは、その……」
「ハーヴィー、話せ」
「……栄養失調と怪我の悪化です」
「怪我? それに栄養失調?」
「栄養失調は深刻ですがひとまず置いておきます。怪我は、その、クライス様が教会で会った時……」
ハーヴィーが言うには教会で殴った時に内蔵が負傷し既に絶対安静の状態だったにも関わらずシスターはそのまま逃走、しかもそれから十分な栄養を取らず悪化。
その状態で激しく動いたのが決め手になり倒れてしまったらしい。
「あの時からか……!」
「うわあああ、僕がシスター引っ張って屋敷まで連れて行ったからだ……!」
ハーヴィーの説明を聞きクライスとアールは激しく落ち込み膝から崩れ落ちた。
「……何だこの状況は」
「あ、ボス」
「クラウス様」
エルが簡単に説明するとクラウスは軽く「そうか」で済ませそのまま話を続けようとしてクライスに止められた。
「お前は思いやりと言う言葉を知らないのか?」
「十分過ぎる程知っていると思うが。それよりエグムントについてだが聞くか?」
「必要ない。他は?」
「そうだな、今の状況は半分以上というかほとんどその女の自業自得だから罪悪感を抱くはない。後、屋敷に入れる許可は出したが拾った以上そいつの世話は責任もってやれ、俺の手を煩わせないようにな」
そう言うとクラウスはドアを閉めてまた何処かへと行ってしまった。
「……今のは慰めてくれた、のかな」
「やっぱりボスも優しいね」
「慰めであり事実、でしょうか」
「念押しもあるだろうが……野良の犬猫を拾ってきたみたいな言い方だな」
「……栄養状態だけを見るとそれに近いですね」
生活の様子を知っているクラウスからするとシスターはまさに野良の犬猫そのものだが、双子達はまだその事を知らなかった。
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