ぼっちの作家が愛されたっていいじゃない

ケーエス

ノベルキューピット

 『好きです。 付き合って下さい』

 SNSの一つであるツブヤイターのDMに書かれた文面を見て、しばらく彼は硬直していた。


  この灰色の人生で、こんなことを言われる日がくるなんて……。

 しかも自分の作品の読者に……?



  満田啓一。高校生。分かりやすくいうとぼっち、いやどこからどう見てもぼっち。毎日人と全くしゃべらずに呼吸をするためだけに高校に通っている。

 本人は認めたくないようだが――。


  今日も休み時間中教室のはじっこの席で静かに本を読んでいた。


 「うわー。あいつまた本ばっかり読んでるよ」

「陰キャだよ陰キャ、へへへ」

 わざと聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で嫌な奴二人組がこちらをじろじろ見てニタニタ笑いながら自分の悪口を言っている。


  もうこの状況にも慣れた。

 僕は人と関わるのが苦手なだけなのに、あいつらはなんで一人でいるのを面白がるんだろう?

 余計に人と関わりたくなくなるよ。


  彼はそんな高校生活を地獄とよんだ。

 しかし、このような地獄の中で彼にとって天使とも言える存在がいた。


  野上すず。彼と同じクラスメイト。分かりやすく言うと人気者、美少女。

 常に笑顔を絶やさず、多くの友達に囲まれて、それはそれは幸せそうにしている。きっと夕方になればイケメン彼氏とイチャイチャしながら帰っているに違いない。そう彼は勝手に思っているのだった。


  まるで対照的、光と闇の構図である。

 彼は彼女に一目ぼれし、こうして嫌なやつらの視線をかいくぐりながら時折本をずらして、彼女の美貌を目に焼き付けているのである。


  光のみなさんにとっては意味不明かもしれないが、彼はこれでほぼ満足していた。

なぜって付き合えるわけがないからだ。

こんな存在するだけで馬鹿にされるようなやつの恋心なんてむこうからすれば害虫、ホコリ、カビでしかないに違いないのだ。

 だから闇の者ができることとすれば、見ることだけである。


 そういうわけで今日も彼は彼女の闇夜を照らす灯台の光のような麗しき笑顔を目に焼き付けながら家に帰った。

 もちろん部活などしていない。ガツガツイケイケな先輩たちを前に、体験会の時点で入部は断念している。




彼の人生を支えているのはWeb小説であった。

彼は紙の本だけでなく、Web小説投稿サイトに自分が書いた小説を投稿し、他の物書きたちの作品を読んで交流している。

 彼はその時間に人生の半分を捧げていた。残りはいわなくてもわかるだろう。


  ぼっちで誰とも喋らない啓一は、web小説投稿サイト「ノベルドラゴン」(略してノベドラ)では読者や物書き仲間を少し抱える中堅作家、ワンケンとして活動している。

 そこには自分を認めてくれる存在がいる。

 自分が書きたいと思って書いた小説を「応援」してくれる人がいる。

 自分が「応援コメント」を書けば快く返信してくれる人がいる。

 とっても幸せな空間。

 自分をさらけ出せる空間。


 家に帰ればすぐにこのノベドラの通知欄をチェックする。

 応援の炎、コメントやレビューの卵を受け取っているかもしれないからだ。

 いつもの面々からの通知を見ていると、見知らぬユーザーからの通知が来ているのが見えた。


 リン『あなたの小説、感情表現が豊かで面白いですね、好きです。フォローしました』


 好意的な意見だ。よかった。なんだか自分を好きなのか、自分の小説が好きなのかわかりにくい文章だな。


 リンさんのプロフィールを確認すると小説は一つもない割に、サイト登録時期が結構前だった。

 ということは読み専さんかな?


 彼は小説の続きを書き始めた。





 二か月後、彼は相変わらず野上すずの姿を盗み見ていた。

 最近流行りのアイドルの踊りだろうか。知らないけど。

 ぎこちないが楽しそうに踊っていた。

 野上の周りの誰かと代われないかな……。そしたら一緒に踊れる……わけないか。


 今日も嵐をも吹き飛ばしそうな程輝いている姿を目に刻み込みながら彼は帰宅するのだった。


 さて通知確認である。またあの人はいるんだろうか?

 いるだろうな? ほら、やっぱりいた――。


 リン『彼女の姿に関する描写が表現豊かでとってもいいですね、好きです』


 リン『もー早く二人とも早くくっつけばいいのにー、もう好きです』


 リン『なんだか主人公もここまでくるとかわいいですよね。なんだか分かる人にはわかるっていうか、本人はわからないんだけど、もーなんていうか概念ごと好きみたいな、もうワンケンさん好きすぎます』


 え? これもしや……。いや待てよ、ここは小説投稿サイトだ。

 出会い系サイトなんかじゃない。あくまで僕の小説が好きなだけだろう。

 それでも嬉しいけど。

 いやでも最後のコメントとかもろ自分のこと指してないか……?


 彼はノベドラの物書き仲間、「にこ」とツブヤイターのDMでこのことを

 相談した。

『なるほど……、でもありえないでしょ』

「ですよね、やっぱりそうですよね、僕がだなんて……」

『いやあなたの小説は物凄く素晴らしいですよ。まるで実話かのような描写にはみなさん驚かれていますよ。私もあなたの小説の主人公の気持ちが移って、ヒロインと付き合いたいなんて思っちゃいますよ。冗談ですけどね』

「そういってもらえるのはありがたいんですけどね……」

 実は今書いてる小説、割とマジで実話に基づいてる。小説ほど進展していないけど。

 そりゃ実話みたいと言われるわけだ。当たり前だ。

『まあそれだけ支持されてるっていうことでいいんじゃないですか? 私も熱狂的なファン、欲しいです』

「そうですか……」





 さらに2か月後、季節が変わろうが彼は変わらない。

 当たり前である。ぼっちなんだから。

 だが今日はいつも放課後に多数の友人と喋っている野上の姿がいなかった。

 もう帰った? いや、自分より早く帰宅するやつなんているわけがない。

 不思議に思いながらもいつも通り、素早く校舎を出て、校門をくぐろうとした矢先、見てしまった。

 学校に近い公園の人に見えづらい場所で、二人の美男美女が立っている。

 映画のようである。まるで周りの木々、遊具、砂場までもが二人のために存在しているかのようである。


これを映えるっていうんだっけ……?


 そして残念なことに、いやありがたいことに、その映画のヒロインは野上すずその人であった。


 あれ、絶対そういうことだよな。そりゃそうだよな……。


 彼はいつの間にか走り出していた。その場から一刻も早く逃げてしまいたかった。


 当たり前のことのはずだった。 

 イケメンは美女と付き合うし、美女はイケメンと付き合う。

 世の中そんなものだ。生物の用語でいうなら、恋愛のセントラルドグマというべきか。

 形質のいいものに魅かれるのは当たり前だし、自分も彼女の容姿から好きになってはいた。いたけど……。


 走りながらも涙があふれてきた。

 信号が何色かもわからなかった。

 クラクションを鳴らされたような気もした。

 だが今彼にとってそんなことはどうでもよかった……。


 見ているだけで満足だったはずなのに、どうして……?


 彼は失意の中、家のPCの前にいた。

 1時間PCの前に座っていたが、その日PCが起動することはなかった。






 にこ『大丈夫? 急に更新が止まって1週間も経つけど。みんな心配しているよ。読むこともやめているじゃないですか。もしかしてワンケンさん高校生ということはひょっとして失恋したんですか?』


 ワンケン『なんでわかるんですか?』


 にこ『いや私も同じようなことがありましてねー。まさにあなたが書いてる小説のヒロインみたいな子を好きになりましてねー。でもやっぱりヒロインは主人公と付き合うんですよね。私たち脇役みたいな存在はねえ』


 ワンケン『僕が思ってることなんでわかるんですか?』


 にこ『え?これも? え? どこまで?』


 にこ『ちょっとワンケンさん? ワンケンさん? 逃げるのはずるいですよ?』


 彼は一通の通知を見ていた。ツブヤイターのDMに、にこからとは別にもう一通通知が来ていたのである。


 リン『探しました。ツブヤイターやってたんですね。作中にツブヤイターが出てきてたのでもしかしてと思ってたんで。やっぱ私、ワンケンさんの小説とか近況報告とか全部見て、コメントとか全部返してもらって、こうなんかわからないんですけどすごくワンケンさんの人柄に惚れてしまったんです。最初は小説が好きだったはずなのに、流行に流されずに自分の書きたい小説を書いてちゃんとみんなの心に響かせる、ワンケンさんを自体をいつの間にか好きになっちゃったんです。』


 彼は何度も何度も読み直した。なぜなら一番下に書かれてある文章が理解できなかたためである。


『だから……好きです。小説をこれからも書いてくれることを前提に付き合って下さい』





 休日、家を基本出ることのない彼は塾や習い事以外で外に出た。

 友人に、いや彼女に会うために。


 地域で最も大きな駅にやってきた。そびえ立つビルに貼られたやかましい広告にはやっぱり慣れない。

 駅の近くの通りの街路樹の下に着くと、彼はスマホを取り出した。


「おーい! ワンケンさーん」

 彼が顔を上げるとそれはそれは駅前の広告をかき集めても叶わないほどの輝きを放った美少女が目の前に立っている。

「だからペンネームで呼ぶのはやめてよ。あとそんな大声張り上げないで、僕たちが付き合っているのがバレたら君のイメージが下がっちゃうだろ」

「まーた謙遜してー。私はワンケンさんの小説をきっかけに、ちゃんと魅力を知って付き合ってるんだから、下がる訳ないでしょ、こんな素敵な作家さんと付き合っているんだから」

 こっちは最初容姿から好きになっていただなんて口が裂けても言えない。

「あとさー、もういい加減名前で呼んでよ?」

「えーと、野上さん」

「じゃなくて」

「リン……さん」

「そう、やっぱりこっちの名前のときの方が落ち着くな。手……繋ごっか」

「そんな……」

「もう……ホントに自分に自信ないなー」

 読者は作家の、いや、彼女は彼氏の手を引いて歩きだした。

「それにしても……こんなことってあるんだね……」

「こっちのセリフよ」

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