第28話

「……いやはや。帝都は面白い具合に発展したみたいだねぇ」

「そうだね……」


 村井がエマにピザを買った後、良質な魔具が量産されたということで職人街の方へと向かった二人。何か気になることがあったのかと心配してエマについて行った村井だったが、普通に買い物して終わるだけでその後もふらふらと帝都巡りをしただけに終わった。


 そして日がもう大分傾いた頃。二桁は到達した小休憩の後、ようやく二人は本題の図書館に向かうことになる。


「さて、じゃあ図書館に行こうか」

「……そろそろ閉まるから早くしようか」

「え、もう閉まるのかい?」


 驚いた様子のエマに村井は呆れた顔になる。それを見てエマが抗議した。


「何をそんな顔をしてるんだ。君と研究してた時は夜も開いていたじゃないか」

「そりゃ、帝都でも名の通るあんたがいて許可を貰ってたからな……今は普通の十代の人間の姿ってこと忘れてないか?」

「む、そう言えばそうだね。じゃあ姿を現すとするかな……ソフィの方はどうなっているかな」


 今回もエマの名と姿で強引に許可を取ろうとしているらしい美少女さん。そのためにアリバイの方がどうなっているのか確認しているらしい。どうやって確認しているのか村井が聞いてみると、ソフィの視界をジャックしながら魂魄に話しかけているとのことだ。ナチュラルに怖い事をしているなと思いながらエマを待っていると彼女は嘆息して顔を上げた。


「はぁ。まだもう少し時間がかかりそうなところにいるよ。ただまぁ、この距離なら瞬間移動させても別にいいかな」

「……瞬間移動ってかなり魔力を喰うんじゃなかったか?」

「補助する魔具を作ったからその辺は改良してある。以前までの僕と同じと思ってもらっては困るな」


 胸を張ってそう答えるエマ。そもそも数人がかりで儀式魔術を行うレベルの魔術をこうも簡単に行使しているという点に突っ込みを入れたいが、相手がそう言う人物であることを知っているので村井も何とも言えなくなる。エマの方は村井の様子を気にしていないようで普通に話しているが。


「さて、ソフィに瞬間移動の準備は良いか確認するか」

「……とは言っても、そんなに急ぎじゃないから図書館も無理に開けてもらうという訳にはいかないんじゃないか?」

「それもそうか。じゃあ普通に図書館に行くとしよう」


 二人は立ち上がりようやく目的地たる図書館に向かった。



 帝国図書館。帝都にある帝国最大規模の図書館だけあって門構えは流石のもので、重厚な赤レンガ造りの建物だった。中に入るところまではフリーパスで、貸出や一般向けではない本の閲覧などには身分証明書が必要となる。そんな場所に二人は一般人として入った。

 

「さてさて、【黒死王】と【地獄巡り】の情報はどこだい?」

「伝記の欄に過去の英雄の戦いとかが載ってそうだが」

「じゃあそこだね」


 分厚い本が並ぶ中、二人は目次などを駆使して効率よく情報を集めていく。そして各々でメモにまとめていくのだ。その作業は閉館時間が来るまで続いた。夕暮れ時、分担作業していた二人はその結果をまとめて図書館を出た。


「……ふむ。色々と解釈できる内容だったが。君の方はどうだったかい?」

「ま、それなりに情報はあったけど……多分、エマの身分を明かしてギルドで訊いた方がいい情報は集まりそうかな」


 元も子もないことを言う村井だがエマは特に怒りもせずに頷いた。


「そうか。まぁ情報はあるに越したことはない。そろそろソフィも帝都についた頃のはずだ。僕たちも普通の姿に……」

「あ、じゃあお出迎えするか。あ、ちょっと待って。借りてた本を返却ボックスの中に入れておくから」


 亜空間から本を取り出して夜間用の返却ボックスの中に入れる村井。ソフィが到着したというのであれば入れても問題はないはずだ。そう思ってのことだがその題名をエマは目敏く見ていた。


「何だい? 育児本かな?」

「……ま、諸事情あって」

「ふむ、気になるな」

「あれ? 師匠……ですよね?」


 エマから追究が来る。村井がそう思ったその時だった。夕焼け空を背景に二人の目の前に黒髪紫眼の傾城の美少女が現れる。彼女は不思議そうな顔をしながら村井とエマの方に近づいてきた。


「? この子は?」


 不思議そうに近付いてきた黒髪の傾城の美少女を前にこちらにいる銀髪の傾城の美少女も首を傾げて村井の方を見る。村井は自分たちには他でもないエマの手によって幻視の術がかけられているはずだが普通に答えていいのかと少し悩みながらも正直に答えた。


「……ま、隠すこともないか。一応、弟子です」

「へぇ~! 君も弟子を取るような立場になったのかい? しかも凄い子だね! 僕の幻視を自然に見破るなんて! 君も言ってくれればよかったのに。初めまして、君の師匠の友人だ。気軽にエマさんとでも呼んでくれ」

「……カノンです」


 テンションを上げるエマに対して非常に警戒している様子のカノン。そんな彼女を見てエマは笑った。


「人見知りなのかな? ウチのソフィと同じだ」

「人見知り……なのか? なんか違う気がするが。そんなことよりカノンはここで何をしてるんだ?」

「え、師匠をお出迎えに……師匠こそここで何してるんですか? ギルドで確認した時間より早いですけど……」


 村井の後方にある図書館を確認してそう尋ねるカノン。今、図書館から出てきたということはある程度前に帝都に入っているはずだと言わんばかりの視線だった。村井はエマと顔を見合わせる。


「あ~……まぁ、さっき戻って来たばっかりでちょっと借りていた本を返しに寄った感じかな」

「何の本ですか?」

「……何でそんなこと訊くんだ?」


 何故かカノンから非常に怪しまれているらしい村井。あまり深く追究されても困るが、馬鹿正直に子離れ親離れの本を読んでいたなどと言えばカノンの顰蹙を買うことになってしまう。悩む村井だが横で見ていたエマが何を隠すことがあるのだろうかという顔で普通に答えた。


「何やら育児本を読んでいたみたいだけど?」

「育児本……?」


 首を傾げるカノン。グレー判定の答えだがどうだと思いながらカノンを見る村井。動きを止めた二人にエマは問いかける。


「それはそうと、後一人が早馬車に残って手続きをしているんだ。合流しに行ってもいいかな?」

「え、あの、まだ話は終わってないんですが」

「合流してからでもいいだろう? それとも道すがらで話すかい?」

「じゃあ話しながらでいいんですが……何故、お二人とも幻惑魔術を掛けてるんですか?」


 賢い子のはずなのに何で今日に限って鈍いのか。村井はそう思いながらエマを見てどちらが回答するか視線で会話する。少し間があったがエマが口を開かないので村井がカノンの問いに答えることにした。


「後で教える。あんまり騒がないでくれ」

「……絶対ですよ?」


 納得してなさそうにカノンは村井と約束する。だが、一応これでこの場限りは引き下がってくれるようで、村井とエマに並んで歩き始める。ただ、しばらく歩いていると不意にエマが笑い出した。


「ふふふ」

「……何ですか」


 不機嫌そうにエマを見るカノン。しかし、エマは極めて愉快そうに笑いながらその花唇を開く。


「そんなに警戒されると悪戯したくなっちゃうよ」

「……止めておいてくれ。カノンはこれでも帝都で今一番強いかもしれないんだ。あんたに怪我なんてさせた日には大変なことになる」

「そうだね。自重はするけど……ふふっ。カノンちゃんはかわいいなぁ」


 無言のカノン。両手に花のはずが、何故か空気が悪いと思いながら村井一行は帝都の門まで移動するのだった。



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