僕に『仲間たち』なんていないのでは?

タマゴあたま

僕に『仲間たち』なんていないのでは?

『私と読者と仲間たち』


 ある小説投稿サイトで行われた企画のお題だ。


「どうすればいいんだー」


 僕は頭を抱える。

『私』は僕自身だ。確実に存在している。デカルトの「我思う故に我在り」みたいに小難しい話ではない。

『読者』も居る。決して多いとは言えないけれど、閲覧数がそれを教えてくれている。中には、僕が小説を書き始めてから、ずっと欠かさず感想をくれる読者もいる。非常にありがたいことだ。

 問題なのは『仲間たち』だ。果たして僕に仲間と呼べる人がいるだろうか……。


「ただいまっす。栄養ドリンクとおかし買ってきたっすよー」

「ああ。ありがとう」


 部屋に入ってきた彼女からレジ袋を受け取る。という言葉を使ったが、別に恋人というわけではない。ただ単に三人称の代名詞というだけだ。

 そりゃあ、彼女みたいに素敵な恋人がいれば、僕の人生はカラフルに彩られることだろう。でも僕と彼女ではどう考えても不釣り合いだ。


 そんなことを考えていると顔が熱くなってきた。なんだか手まで暖かいような……。


「これは何かな?」


 僕はレジ袋から肉まんを取り出す。


「何って肉まんすよ。先生知らないんすか?」


 彼女は僕のことを『先生』と呼ぶ。しかも、僕より年上なのに後輩みたいな口調だ。彼女が言うには「名前よりそっちのほうが小説家って感じがするじゃないっすか。この喋り方だとトラブル起きにくいし気に入られやすいんすよ」だそうだ。まあ、接しやすくはあるな。


「手にしている物体が何かは知ってるよ。僕が聞いているのはこれを買ってきた理由だよ。僕が頼んだのは栄養ドリンクとお菓子だけだよね?」

「んー。私へのご褒美みたいな? 私が買い物に行くだけだったらただのパシリじゃないっすか。先生、ヤンキーだったんすか?」

「僕はヤンキーじゃないよ」

「そうっすよね。じゃあ労働には対価を支払わなくちゃ」

「うーん。確かに一理あるな」

「じゃあ肉まんもらいますね」


 彼女は僕の手から肉まんを受け取り、おいしそうに頬張る。


「んふぇ、ひょうへつは進んだんすか?」


 彼女がリスのように頬を膨らませながら尋ねる。


「飲み込んでから喋ってね」


 彼女がごくんと飲み込む。


「んで、小説は進んだんすか?」

「ある程度は進んだけど、行き詰ってしまってね。この『仲間たち』ってのが曲者でね」

「なーんだ。仲間ならここにいるじゃないっすか。ここに」


 彼女は両手に腰を当て胸を張る。


 はあー、と僕は大きなため息をつく。


「なんすか。そのため息は。なんかムカつくっす」

「君は、僕が小説を書き始めてからずっと僕を支えてくれてるし、僕が悩んでいるときに慰めて応援してくれた。最高の仲間だと思っているよ」

「もう、照れるじゃないっすかー! 褒めたって何も出ませんよー」


 彼女が僕の背中をバシバシと叩く。彼女が最高の仲間というのはお世辞でも何でもない。


「でもね。今回のお題は『仲間』なんだ。つまり、君一人じゃだめなんだ」

「そうっすねー。先生、彼女はおろか友達もいませんもんねー」

「今それ言わなくても良くない……?」


 彼女の言葉のナイフが僕の胸に深く刺さる。


「あ。読者さんも『仲間』って言えるんじゃないすか?」

「それはちょっと卑怯な気がするなあ」

「そうっすか。じゃあ、ただの読者さんじゃなくて、あの人は? 毎回感想くれるっていう」

「あの人も読者の域を出ていない気がするけどなあ」


 はあー、と今度は彼女が大きなため息をつく。


「先生、一時期悩んでましたよね。小説が全然読まれないって。小説を書くのやめてしまおうかって」

「ああ。そんなこともあったね」

「でも先生が腐らずにまた小説を書き始めたのは誰のおかげっすか?」

「もちろん、君のおかげだよ」

「それだけじゃないっすよね? あの時先生言ってましたよね。『読んで感想をくれる人がいる。読んでくれる人が一人でもいるのなら僕は書く』って。それって、感想をくれた人のおかげってことっすよね」


 彼女はまっすぐに僕を見つめてくる。いつもとは違い真剣な表情だ。


「君の言うとおりだね。あの人だって立派な仲間だ」

「わかってもらえて良かったっす。まだ『読者はあくまで読者だ』とか言うつもりなら、好きじゃなくなるところっす」


『好きじゃなくなる』……? つまり、今は『好き』ってこと? いやいや、期待しすぎは良くない。


 僕は執筆作業に戻る。ふと、右上のアイコンにマークがついていることに気がつく。感想が書かれた合図だ。僕はアイコンをクリックし、感想を表示する。


『今回も面白かったです。続きが気になって仕方ないです。ところで、投稿頻度が高いですが、健康面は 大丈夫ですか? 栄養ドリンクばかりに頼っていちゃだめですよ。疲れた時には温かいものを食べて落ち着くと良いですよ』


 そうだよな。彼女やこの人のおかげで今の僕がいるんだよね。『仲間たち』に感謝しなくちゃ。


「ん?」


 僕は頭に浮かんだ仮説を検証するために、彼女に話しかける。


「僕はちょっとコンビニへ行ってくるよ。が良いみたいだからね」

「えへへ。ついにバレちゃったっすか。ていうか気づくの遅すぎっすよ。今までの感想も露骨だったのに。あ、感想は本心ですからね」

「ありがとう。口調が違うから全然気づかなかったよ」

「先生はにぶいんすよー。まだ気づいてないことがあるくらいだし」

「え? まだあるの? この際だから教えてよ」

「これは先生自身が気づかないとだめ。気づくまで待っててあげるから。ね?」

「え、あう、うん。頑張ります」


 いきなりのお姉さんらしい口調に僕はどぎまぎしてしまう。


「じゃあ、コンビニに出発っすよー。今度はあんまんが食べたいっす!」

「調子良いんだから」


『仲間たち』は『仲間』になってしまったけれど、僕はこの仲間を大切にしていこうと思う。もちろん、僕自身と読者もね。

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