第25話 招かれざる客

 エルフの強盗事件が起きた日の夜、伯父上は俺たちの暮らす離れには顔を出さなかった。戻ってきた先生に事情を聞くと、エルフとの交渉が長引いて、こちらに顔を出すのは翌日になるとのことだった。


 明けて翌日。朝一番で伯父上がやってきた。


「まったく話の通じん奴らでな、難渋したぞ」


「それはお疲れさまでした。で、処分というか対処はどうなるのですか?」


「彼奴らは、聖教国の貴族家の者らしくてな、年長者と話をしたんだが、ミスリルそのものか、持ち主の居場所を教えろの一点張りでな。代表者のエルフのご令嬢がいなかったら、牢にぶち込むしかなかったぞ。幸い、そのご令嬢は道理を弁えていて、迷惑をかけた相手には慰謝料を払って、この領から退去することに同意した」


「聖教国の貴族ですか。それにしてはやり方が雑ですね。普通、外交ルートとかで穏便に交渉するものだと思うのですが、そのあたりはどういう言い訳を?」


 結局、そこが気になる。


「『このままでは国に帰れん』と漏らしたが詳しくは話さなんだ。大方、表沙汰には出来ぬ事情があるのだろうな。交渉の時の態度からしても相当焦っている。深く関わるのは得策ではないと考えて慰謝料と退去で手を打ったのだ」


「自分の国に帰れない事情があって、焦っているですか。はー、やだやだ。完全にとばっちりじゃないですか。下手すりゃ誰か死んでいたかもしれないのに、理由もわからない。銀星商会うちに対する慰謝料は、いくらでもいいですから、とっとと出ていくようにして下さい」


 俺としては、ミスリルの可能性のある金属を所有しているので、近づきたくもない。慰謝料だって要らないくらいだ。可及的速やかに、遠くにいって欲しい。


「ああ、別行動をしていた仲間と合流したらすぐに去るようだ。その間に何度か慰謝料の交渉をするのだが、レオナルド、お前も出席するか? 当事者だからな、言いたいこともあるだろう」


「嫌味の一つも言いたいですが止めておきます。顔も見たくもないですよ」



 エルフたちが退去するまでは親方にもテルミナ邸の離れで生活してもらうとして、安全を期して俺にも外出は控えるようにと母上からのお達しがあった。


 銀や金の材料が届いたので、アクセ作りに精を出すことにする。


 今回の件を受けて、護身用の装身具を作ろうと俺は考えた。まずはかんざしの軸の部分を改良する。軸は、1本の棒であったり2股の音叉状で作っているのだが、この部分を硬く、やや鋭く作る。不埒者が襲ってきた時に反撃できるようにだ。

 名付けて『仕事人簪』。うん、まんまだな。必殺は無理でも、撃退くらいは出来るように、持ちやすさと握りやすさを重視して大きめに作る。


 一石二鳥のアイデア商品だと思っていたのだが、母上からはダメ出しをされた。曰く、武器を携帯していたとしても令嬢やご婦人がとっさに扱えるものではない。また、重いと肩がこるそうだ。


「ナイスアイデアだと思ったのですが」


「武器を持ち歩くなんて、社交界から締め出されるわ。こちらが危険人物に認定されちゃうもの。

 でも、試作としていくつか作りなさい。売り物にしなければ暗器と思われないから、うちの関係者には配っておくわ。それと男性用なら多少無骨でも構わないでしょうから、それも作ってみなさいな」


 ……仕事を増やしてしまった。


 このペースで行くと、俺の自由時間がどんどんと削られていくので、俺は暇をしている使用人を助手にすることにした。

 元従僕のマイルスとコルトだ。従僕というのは執事の部下で、その下働きみたいなものだが、今現在住んでいるのが他家の屋敷ということで、特定の仕事がなく他人の手伝いをしながら過ごしている。言い方は悪いが遊んでいる人材である。


「君たちには、金属細工の助手をしてもらう。これに適性があれば専門として従事させるのでそのつもりで。その場合は給金も上げるので頑張ってほしい」


「やれと言われれば頑張りますけど、何をするのですか?」


 マイルスが聞いてきた。


「良い質問だ。少々手間のかかる仕事をしてもらいたくてね。まずは手本を見せよう」


 取り出したのは、銀の針金と直径5ミリ程の細い棒だ。「これをな、こうやって──」針金を一定間隔で棒に巻いていく。棒の端から端まで巻きつけた後、針金を自作のニッパーで棒に沿って切っていく。切り終わって棒から針金を外せば、作られた物はアルファベットのCに似た、ハンドクラフトでは丸カンと呼ばれる部品だ。この丸カンをつなぎ合わせると、チェーンができる。

 この世界にもペンダントはあるが、主に革紐が使われている。ネックレスとしても貴石や宝石に穴を開けてビーズにしたものばかりだ。金属製のチェーンというのは見たことがない。


 いくつかをつなぎ合わせて、丸カンのくちを閉じて見せる。出来たのは、何のことはない細い鎖だ。


「やり方は見たとおりだ。細かい作業ではあるけど難しくはないだろう? いずれはもっと小さい部品でやってもらいたいが、まずはこのサイズからやってみてくれ」


「細い鎖ですね。銀で作られた鎖を初めて見ました」


「首飾りの紐代わりにするんだ。直接肌に触れることもあるから丁寧に作業して欲しい。ノルマはないから適宜休憩を入れながらな。材料がなくなったら親方から貰ってくれ」


「了解です。実はこういう単純作業って嫌いじゃないんですよ」


「自分もです」


 銀線の束と作業用の工具を渡して作業を頼むと、二人から前向きな返事があった。

 長さは後からいくらでも調節できるだろうから、とりあえず50cm目安の鎖を作ってもらうことにした。



◇◆◇◆◇



 部屋に閉じこもって、アクセづくりの作業しているときは、部屋に立ち入らないように、用事があるときはセバス経由で、と使用人たちには伝えてある。スキルを隠すためでもあるのだが、静かな場所でコツコツと作業するのは、とても集中できる。

 そうしていつの間にか、かなりの時間が過ぎていた。そろそろ夕暮れかという頃合いだ。手を止めて、ストレッチをしていると、伯父上から本館に来るようにと指示があった。


 丁度キリのいいところだったので、完成品を整理して本館に向かう。エルフからの慰謝料にケリでも付いたのだろうと思っていたら、伯父上の待つ部屋には、予想していなかった人物が座っていた。


 アブラーモだ。一体どの面下げてテルミナ家に現れたというのだろうか。相変わらずの頭がテカった小太りの男だが、かつての傲慢な感じは鳴りを潜め、頭を始め、至るところに包帯が巻かれて、随分憔悴しているように見える。

 一体何があったのやら……


 対面に座る伯父上は腕を組んで、厳しい表情でアブラーモを睨みつけている。

「伯父上、呼ばれて参上しましたが……、どういう事態でしょうか?」


 アブラーモがテルミナ家に訪れる理由に思い当たることはない。アブラーモは伯父上が苦手だ。堂々とした態度、実直な性格、理路整然とした喋り口。いずれも圧力を感じるのだろう、親戚づきあいも最低限にして避けてきたはずだ。何よりも、爵位で負けているので、臆していたに違いない。


「アブラーモ殿が儂に話があるらしいのだが、先にお前を廃嫡して追放したことについて説明をさせていた。それがどうも要領を得ず、支離滅裂なことしか言われんのでな、埒が明かずにお前を呼んだのだ」


「はあ、そんなの私利私欲以外の何物でもないでしょう。俺を排除すれば、自分に得があるからそうしただけですよ。理由はそれだけ。きっかけは王弟殿下がご病気になられたからですね。なんとも不敬なことですが、本人がそう言っていたので間違いありません」


 俺からも母上からも説明してあるので、伯父上も顛末は承知している。いまさら感は否めないが、真面目な伯父上のことだ、双方の言い分を聞いてみようとでも思ったのかもな。


「レオナルドはこう言っているが、反論はあるかな、アブラーモ殿。なければ、今すぐに立ち去さられよ。当家は、王家を愚弄する者、身内を害する者をもてなすつもりはないのでな」


「ぐっ、ぎっ。レオナルド、貴様は呼んでおらん。すぐに消えろ。これは貴族の当主同士の会談だぞ」


「あほくさ」


「消えるのはお前だ。アブラーモ。自ら出ていくつもりがないなら、力ずくで放り出すぞ! 失せろ、愚か者め!!」


 アブラーモのアホすぎる発言に俺は呆れ、伯父上はキレた。そりゃそうだ。意味不明すぎるもの。どういう思考回路をしてたら、テルミナ邸で、そんなことを口にできるのか。いっそ感心するわ。


「まままま、待ってくだされ! み、認めますから! レオナルドの同席を認めますので、どうか話しを聞いてくだされ!」


 なぜ譲歩するかのような態度なのか。お前に同席を認めてもらう必要はないっつうの。


「まずは、儂の質問に答えよ。答えたくなければ──」


「あ、はい! ご質問の答えですな。それはですな、その……、当主として男爵家の未来を熟慮した末の決断でございました。これは、総合的にですな、すべてのことを考えた結果でございます。外部の人間には理解できぬかもしれませぬが、当家内部の事情がありますので、批判はあるやもしれませんが……、た、た、正しき決断だったと思っております!」


 どうしても俺の廃嫡と追放だけは譲れないらしい。それならそれで、俺は構わないんだが、伯父上が得心するとも思えんぞ。


「内部の事情か、下らん。これ以上は時間の無駄だ。失せろ!」


「そこをなんとか、なんとか話を聞いてくだされ! このとおりです!」


 おやまあ、土下座とは。プライドは人一倍のこいつにしてはなかなか思い切ったな。


「レオナルド! 貴様は儂を見るな! そっぽを向いておれ!!」


 ぶはっ。目の前で土下座しておいて見るなとは、面白すぎるぞ。


「伯父上、大声で『アブラーモが土下座してまーす』って叫んでもいいですか?」


「そのような品性のない真似はするな」


「じゃあ止めときます。で、つまみ出しますか? 相当追い込まれてるようですから、何かしでかす前にそうするのが妥当だと思いますが」


 伯父上は大きく頷くと、パンパンと手を叩いて控えていた執事を呼んだ。


「衛兵を呼び出して、こいつを叩き出せ。手荒にして構わん」


「おおお、お待ちを!!」


 アブラーモが、タックルする勢いで伯父上の脚にすがりついた。とっさのことなので伯父上も避けきれずに捕まえられてしまう。


「放さんか、恥を知れ!」


「放しませぬ! このまま! このままお聞き下さい! ミスリルです! ミスリルを譲って下さい!」


 なぬ? ここでもミスリルが出てくるのか?


 伯父上も流石に予想外の話の飛び方に絶句している。


「御家にミスリルの剣の欠片があることは存じております! それを、エルフに譲って下さい! お願いします!」


 へぇ、テルミナ家にあるのは武具だって聞いてたけど、剣の欠片なのか。なにか謂れがあるものだろうか。それはさておき、いきなり家宝を譲れはないよな。しかもあの犯罪者集団にだ。


 言葉の意味が頭に行き渡って、伯父上の顔が紅潮していく。震える手を握りしめ、鬼の形相で吐き捨てる。


「言うに事欠いて、家宝を譲れだと……! そこまで、そこまで儂とテルミナ家を愚弄するか!!」


 伯父上がその拳でアブラーモの後頭部を思い切り殴りつけた。たまらずアブラーモの手が離れて、べチャリとうつ伏せに倒れ込む。


「み、ミスリルを……、儂の顔を立ててくだされ……。そうすればすべて上手くいくのです……」


 そう呟きながら、なおも伯父上に縋りつこうとした手を、俺が蹴り飛ばした。


「汚え手で、俺の恩人に触るなよ、アブラーモ。無様を晒すのも十分だろ。尻尾巻いて消えろや」


 自分でも驚くくらい低い声がでた。やっぱりムカついてたしな。


「痛あい! 痛いではないか! 貴様は引っ込んでおれ!」


 もう1発。今度は顔面にサッカーボールキック。キュエッと鶏を絞めたときのような聞き苦しい悲鳴とともに、アブラーモがひっくり返る。

 エルフをいたぶった先生の気持ちが分かる。会話ができないアホに言葉は無用だわ。


「続けるか? いい機会だ、2度と俺たちに関わられないように骨の髄まで思い知らせてやる」


 こうやって脅せば帰るだろう。歯向かうなら情け無用でやるけど──


「ひいぃぃぃ!」


 ほらね。ハイハイしながら逃げたよ。


「何をやっとるか、相手が逆上したらどうする」


「返り討ちにしますよ?」


 伯父上が苦い顔をした。

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