第5話 スキルで手品
自分がギフテッドだと認識したのは確か6歳くらいのことだったと思う。
暖炉の灰を掻きだす火掻き棒が微妙に曲がっていたのでこれを直そうとしたら、ほとんど力を入れずに真っ直ぐになった。明らかに棒の強度と力が釣り合っていなかった。
この時俺は、自分が実はどえらい怪力じゃなかろうかと思った。しかし、色々試してみると俺の当時のフィジカルはまあ、普通の6歳児程度しかないことがすぐに分かった。
父親の戦死の知らせが届いて家中がえらいことになったせいで、それきりそのことは忘れた。
次にあれ? と思ったのはその数年後のことで、食事の時にスプーンの持ち手のところが少しくすんでる気がして、指でこすってみたら、一撫でしただけでそのくすみが消えた時だった。まあ、汚れがうっすらついていただけかな、とその時は思っていた。
最終的に何かあると確信したのは、ペーパーナイフの赤錆も一撫でで消え去った時だ。錆を削り落としたのではなく、むしろこすった部分に僅かに俺の指紋が残っていた。手の脂がついたのではなく地金に直接だ。
ここで、火掻き棒のことを思い出した。そして理解する。これはキタなと。
屋敷にある本のおかげで、この世界ではスキルと呼ばれる超能力的な、あるいはラノベに出てくるスキルのような特殊能力を授かる人間がごくまれにいることは知っていた。
思わずガッツポーズが出たよ。自分が貴族だと分かった時もそうだけど、これは嬉しかった。
部屋を飛び出してまず向かったのは庭師や馬丁の道具がしまってある裏庭の物置小屋。そこから緑色に錆びまくって鋳つぶすしかなさそうな鎌を一本ちょろまかすことに成功した。
そこから数日は仮病を使ってサンダース先生の授業をさぼったうえでスキルの検証に没頭した。
その結果、当初期待していた錬金術(鉄の錬金術師!)という感じではなさそうで、手を近づけた金属を任意に操れる能力だということが判明した。錆を落とすだけでなく、逆に錆びさせることも出来る。真鍮のドアノブも、鉄の火掻き棒も、銀のスプーンももれなく柔らかくできた。頑張れば液体にもできた。更にすごいことに、青銅の鎌から銅を分離させることすら出来た。効力の効果範囲は手のひらからおよそ20センチ。一部分だけ柔らかくすることも可能。
一通り検証が済んだところで、いいことを思いついた俺は母上の部屋に向かった。折よく、フランもそこにいたので都合が良かった。
俺はおもむろに火掻き棒を取り出してこう言った。
「さてお立合い。ここに取りましたるは何の変哲もない火掻き棒。タネも仕掛けもございません。どうぞ手に取ってご確認ください。硬い硬い鉄の棒でございます」
「どうしたのレオ、急に旅芸人みたいな喋り方をして」
そう言いながら火掻き棒を受け取ってた母上であるが、突然部屋にやってきて棒を渡されてもと明らかに困惑顔だ。フランもきょとんとしている。
「本日は皆様方に手品をお見せしようと思います」
「あら、手品。面白そうね」
「てじな?」
フランは手品というものがよくわかっていないようだ。俺は内心だけでなく満面でほくそ笑んだ。
「そう手品でございますよ、お嬢様。今からとてもとても不思議でビックリする芸をしますので、どうぞしばらくお付き合いくださいな」
「あはは、にいさまがへ~ん」
ふふふ、これからもっと変なことが起きるからな。見逃すなよマイシスター。
「では、火掻き棒はこちらに返していただいて……、さて! ご確認いただきましたこの火掻き棒、何度も言いますが、鉄なので硬い。こうして曲げようとしましても……、おいそれとは曲がらない。それとも、奥様は簡単に曲げられますか?」
そう言いながら、長袖のジャケットを脱いでメイドの一人に渡し、シャツの袖の袖を捲りあげて見せる。両手のひらも見せて、何も隠していないことをアピールする。
「うふふ、無理ね。その硬い棒を旅芸人さんはどうするのかしら?」
さすが我が母、ノリがいい。
「まずはこの棒をこのように持ちます」
返してもらった棒を水平にして、根本寄りのところを指でつまんで持つ。そして、プルプルと上下に振る。
「はい! なんとあの硬い棒がこんなにグニャグニャに!」
言わずもがなだが、鉛筆が曲がって見えるアレだ。
「うーん、まがっているの?」
あまりのしょぼさに、一気にテンションが下がる。母上の表情がみるみると消えていくが、これはそういう狙いだ。
ここで、俺もアレ? ウケないの? 的な感じに少し表情を曇らせる。
「おかしいですね。確かに曲がっているんですけど……、ちょっと手に取って確認してもらますか?」
「いいけど……って! ホントに曲がってる?!」
そう、プルプルしていた時には真っ直ぐだった棒を、母上に渡そうと持ち替えた瞬間に能力発動! 真ん中の部分を柔くして、少しだけだがしかし確実に分かるくらいに曲げたのだ。錯覚と見せかけて、実は本当に曲がっている! どうですか、母上!
「曲がっているでしょう?」
下げたテンションを今度は一気に上げる。母上も目を見開いている。上手くいったな。しかし掴みはOKの母上と違い、フランの方はいまいち反応が薄い。子供には見た目のインパクトが足りないか。
しかし、そこは想定の範囲内。
「お嬢様のために今度はもっと分かりやすくしてみましょう」
返してもらった火掻き棒を今度は縦に持つ。そして火掻き棒の先っぽ、灰を掻き出す部分を右手で握りこむ。
「またまげるの?」
「いえいえ、今度はこうします。はいぐるぐる―、ぐるぐるー」
握りこんだ方の手で火掻き棒を撫でまわすような動きをする。いかにも意味ありげな動きをして注目を集める。疑り深い人はこの時右手以外の場所、左手や俺の胸ポケットなどに注目する。しかし残念、今度は真っ向勝負。ひとしきりそうした後に、ずいとフランの目の前に棒を突き出す。
「はい出来ました。ここからゆっくりと右手を持ち上げますと……」
「とれちゃった?!」
先端部分を
「どうぞ手に取ってご確認ください」
ここで注目なのは、先端がとがっていないことだ。手の中でもいだ後に少し手を加えて、先端を丸めておけば、引きちぎったのでも切ったのでもないことが一目瞭然で分かる。より不思議感を演出するにはこういう細かいところが大切なのだ。
「どうなってる……、いえ、どうやったの……?」
「すごい! さきっぽがなくなっちゃったの!」
注目が棒に集中した隙に、右手に握りこんだ先端部分を袖の中に落として隠す。そして「驚いて頂けましたかな?」などと言いながらドヤ顔で腕を組みつつ、左手で服越しに先端部分を二の腕に巻きつけるように整形すれば、手を下ろしても落ちてこない。
「ええ、ええ。これはビックリよレオ」
「ふしぎー! にいさまどうやったの? ね、おしえて!」
「おっと、それは困ってしまいますねぇ。どうしても知りたいですか?」
「うん! しりたい!」
「奥様はどうですか?」
「もちろん知りたいわ」
「では、教えて差し上げましょう。実は、泥棒に盗まれてしまったのです」
「意味が分からないのだけど……」
「てのなかにはないの?」
「はいこのとおり、手には持っていません」
両手の平を開いて、何もないところを見せ、袖を肘まで捲る。とどめに手を下ろしてぶらぶらとさせて見せるが、もちろんポロリと出てくるはずもなし。
さすがに身体検査をされるとマズいので、ここでは、あまりタメを作らずに、俺は持ってないという嘘をあたかも事実かのように誘導する。
「でも盗まれたままだと困りますから、ちょっと近くにいる妖精さんに隠し場所を聞いてみましょう」
「にいさまは、ようせいさんとおはなしができるの?」
「はい。妖精さんは友だちです。イタズラ好きですけど優しいんですよ。あ、ちょと待ってくださいね。……ふむふむ、なるほど、わかったよ。ありがとう」
一拍おいて「――隠し場所と泥棒の正体が分かりました」と妖精に教えてもらった体で続ける。
「だれかな、どこかな」
「ちょっと流れについていけないのだけど…」
母上のつぶやきは黙殺する。
「火掻き棒の先っぽを盗んだ犯人は……」
…
……
………
タメる。かつてのクイズ番組の司会者ばりにタメる。
…………
……………
「犯人は……」
「「犯人は?」」
「………………犯人は君だ!!」
ずびしッ! と指を突き付けた相手は母上でもフランでもなく。扉の傍に控えていた部屋付きメイドのマーサ。
「ええ、えええええ?! わ、私ですか!? 盗ってません、盗ってません! 近づいてすらいません!」
ふぅやれやれと、俺は肩をすくめて首を振る。
「お嬢様、ちょっとお耳を」
こしょこしょとフランに隠し場所を耳打ちして、確認をしてもらう。
椅子を降りてとトコトコとマーサに歩み寄ったフランは「えい!」とメイドエプロンのポケットに手を突っ込んだ。
「あ! あったよ―! さきっぽだー」
これには母上もびっくり。フランは大喜び。そしてマーサは茫然。
タネは簡単だ。そもそも、この部屋に来る前に、先端部分だけをスキルで造っておいたのだ。そして上着を脱いでマーサに渡す瞬間に、エプロンのポケットに滑り込ませておいただけ。実は、ここが一番緊張した。
「まあ、盗んだ言うのは冗談です。もしかしたら妖精さんのイタズラかもしれませんね」
分かっているだろうけど、一応マーサをフォローして、締めに入る。
「以上で、本日の出し物は終了とさせていただきます。……面白かったかい、フラン?」
「うん! とってもおもしろかったの!」
「私も驚いたわ。手品の内容もだけど、こんな手の込んだことができるなんて本当にビックリ」
手品慣れした相手にはバレてしまうチャチな手品もどきだけど、旅芸人なんて年に一度来るかの田舎町では、図に当たったようでなにより。
ビックリ手品もどき大成功! メッキが剥げる前に撤収する。
「ではごきげんよう」
退室するときには、火掻き棒の先端が元に戻ってたのに気が付いてもらえたかな?
◇◆◇◆◇◆
個人的に大満足のミニ手品ショーだったのだが、このままでは終わらなかった。
その日の夜、いや、真夜中に母上が俺の部屋を一人で訪ねてきた。とっくに寝ていた俺を起こした母上はとても厳しい目つきで、蝋燭一本を手に薄ぼんやりと俺の枕元に立っていた。めちゃくちゃ怖かった。
「ひぃ!」
「しー…!」
唇に人差し指をあててから、母上は話し始めた。
「ねえレオ、昼間のことだけど。あれ、本当に手品?」
こうして、俺のスキル【金属操作】が母親にバレた。
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