もの書き源次郎

妻高 あきひと

もの書き源次郎が叫ぶ ー  読んでくれ!

  二本差しの”もの書き”の卵、源次郎が姉に手紙を書いている。

「三寒四温はなお遠く、四寒三温のようなこの頃にございますが、姉上様にはお変わりなくお過ごしにございましょうや。


早速ではございますが拙者、借金と家賃で少々難儀しております。

兄上にお願いしましたところ、

『もの書きを目指すもよいが、いつまで実家にすがる気じゃ。とはいえ捨ててもおけぬゆえ、とりあえず三両ほど送る。借金を払うても当面の食いぶちにはなろう。利息のつく金は命取りになりかねぬ。よくよく考えてせよ。


余計な話しじゃが、わが藩内にはこれというて売れるものも特産物も無い。今は米よりも金の世になり、お家も米をかたにして借金をしておる。殿もご重役がたも毎日が金繰り算段じゃ。最近では家中にも銭目当てで町民を養子にする者も出た。


そういう我が家も恥ずかしながら少々前借りをしておる。わしもそなたを助けてはやりたいが、そうそう自由もきかぬ。今はまだよいが、この先はどうなるか先が見えぬ。この三両が最後になりかねぬ。冷たいようじゃが次の無心は応えられるかどうか、まったく分からぬゆえ、そのつもりでいよ。


身体に気をつけ、はよう銭になるもの書きになれ。

そちの養子の先も探しておるが周辺もみな同じで養子の値打ちが下がっておる。

このまま金貸しの借金で面倒ごとを起こせば切腹ぞ、わしではない、そちがじゃ。

もの書きを目指すならば、真剣勝負の気持ちで精進せよ。奮闘を祈っておる。 兄 』


という意味の書状をいただきました。

ならばと心を引き締めてはおりますが、ただ家賃が溜まっておることは兄上には申し上げにくく情けなくも知らせておりませぬ。

借金、家賃合わせて全部で三両あまりではございますが、あと二両あればなんとか先が見えてまいります。


まことに相すみませぬが二両ばかりご都合していただけませぬか。

嫁ぎ先へのお立場もございましょうが、お聞き届けいただければ助かりまする」


あくる日、その姉の書状をもって奉公人がやってきた。

『おはようございます、源次郎様はおいででござりましょうか、奥方様よりの書状にございます。懐紙には三両入っております。お確かめくだされ』

姉の書状と三両を受け取った。

「ご苦労であったの、姉上によろしく伝えてくれ」

書状を読む。


『お前様に養子の口をやっと探してもあれやこれやと屁理屈をいうて首を縦に振らぬ。次男ゆえどうこうするしないはお前の自由じゃが、少しは銭になることをせねばご先祖様も父上も母上も雲の上で泣いておられよう。


我が家の旦那様の藩では人減らしが始まっております。

我が家もこの先はわかりませぬ。

今回は三両送りますが、次はなんとも約束致しかねます。

そのつもりで御身大切にして精進なされませ。


旦那様がよろしゅうにと申されておりましたが、一体どのようなものを書いておるのか見たいものじゃと申されておりました。

なんぞ版になりご本になれば一冊お送りくだされ。

お達者と一日も早い本願成就を祈っております。 姉 』


 たまたまなのか、奉公人を見たのか、金貸しが入ってきた。

 「銭が・・ああ いただけますか有難い、では利息も入れてこれほどに」

「安くはならんか」

「利息もふた月分はしょっておりますぞ、源次郎殿。わたしのように優しい金貸しはおりませぬぞ、利息ですら安くしておるではございませんか」


「そちは数少ない読者でもあるしの、まあしようがないか」

「あんな面白くもないものを読まされて、貸金まで値切られてはこちらが生きてゆけませぬよ」

「ああ、わかっておるが、あんなはなかろう。じゃが本当に売れぬのォ。我ながらよほどに文才が無いのじゃろうと最近はつくづく思う」

「元気を出されませ、何でもそうそう簡単に自分の思うようにはまいりませぬ。ここでくじけては刀が泣きまするぞ」


そこへ大家がやってきた。

「おお、金貸しのヤクザではないか、あんたもおったか」

「わしはヤクザではないというておろうが」

「ああそうじゃったの。源次郎殿、家賃はその後いかがじゃ、待てといわれれば待つが」


「ああ、無心して送ってもらった。お支払いいたす」

「また兄上と姉上か。まあ酒と女と博打につぎ込んでおるわけではないから良いようなものじゃが。ええ兄上と姉上をお持ちじゃな、羨ましいかぎりじゃ。うちの兄は頑固で人から銭も借りぬが貸しもせぬ。それはそれでいいのじゃが、人が銭を無心にきても説教したあげく銭は貸さん。無心にくるほうはたまったものではない。


姉は姉で銭にうるさくての、なにせ嫁ぎ先の呉服屋もことのほか銭にうるさい。

戦国の世ならまだしも、今は刀より銭じゃからの。金が仇の世の中じゃ。

ええっとそれで半年分溜まってますが、ああ全部、さようでそれはありがたい」


金貸しも大家も源次郎の読者だ。

読者といっても源次郎は本を出したことがない。

短編か中編かわからぬものを書いては紙縒りでまとめ、順送りに無理に読ませているだけだ。


世はファンタジーとやらが全盛のようだが、源次郎もあれにはついてゆけない。

たまには読んで参考にとも思うが、読んで流されるのも、書き方に迷うのもな、と思っている。

仲間に至っては世代間のギャップもある。

最近のライトノベルとやらにもついていけず、あげくに本人も人づきあいが悪いせいで仲間らしい者もいない。

提灯も持たずに夜道を彷徨っているようなものだ。


文才も疑問で人づきあいもない。

「それじゃ売れねエよな」

てのが大方の評だ。

「書くのは誰の迷惑にもならねえし、本人はそれで良かろうが、

この先二本差しのままでぶらぶらするわけにもいくまい。どうする気かの」


だが源次郎本人はのんきだ。

焦っても仕方がないと思っている。

「焦って解決するなら苦労はないわい」


先般には大手の版元が「わたしと読者と仲間たち」をテーマに募集という恐ろしい公募を始めた。

だが本人は読者もほとんどおらず、仲間に至っては絶無だ。

そういうことで書こうにも書きようが無い。


源次郎は思う。

( 困った。投稿したいが指の数より少ない読者殿と、おりもせぬ仲間で何を書けというのか、気に食わなきゃ書くなということか、なんという世知辛い世の中か。

でもしかし、それはそれとして読者殿がわずかでもおられるというのは有難いことではないか。

これは本当にそう、感謝しかない。


それだけではない。

何であろうと書けば掲載される。

掲載されれば、どなたかに読んでもらえる。

これで文句を言うては罰が当たるというものじゃ。

これも感謝せねばならぬ。

わしはまだまだ修行が足りぬわい、金も足らぬが )


 そこへなじみの周旋屋の番頭がやってきた。

「おお、みなさんいつもの顔ぶれで、ちょっと失礼しますよ。源次郎さん、仕事があるんだけど」

「おお、それは助かる。どのような仕事か」


「用心棒です。全部で五人、西国安芸まで荷を送らねばなりませんが、途中で駿府、尾張、京、近江、備前でそれぞれ積み込みと荷下ろしがございます。少々長旅の仕事ではございますが、両替屋の「成金堂」さんの仕事ですから間違いはございません。


船ではかえって不便ですので陸路を東海道、畿内、山陽道と参ります。帰りは船にて帰りますが、もちろん総て成金さんのもちで行っていただくことになります。

荷の中身は申し上げかねますが、護り役も成金さんのお武家四人では足らず、あと五人いります。


警護の方九人と荷駄が四十人ですが、荷駄のうち十人は帯刀いたします。それに成金堂の方々とうちの者で五人、大所帯での道中になります。道筋ではその藩の警護もお願いしておりますので、危ない目に合うことはございますまい。

抜刀術免許皆伝の源次郎さんが同道していただければ鬼に金棒にございます。

いかがでしょう、およそ二ヵ月近くの長旅で相応の銭になりますが」


「願ってもない、ぜひこちらからもお願いしたい」

「ああそうですか、ならばそのように主人に伝えます。出発は十日後十五日の明け方前ですが、よろしいか」

「よろしゅうござる」


「ではそのように、ところで書き物は進んでおりますか」

「あれこれ頭をひねっては書いておるよ」

「また読ませてくだされ」

「重ね重ねありがたい、礼を申す」


「いいえ、お気に召さるな、書かれたものを店の待合に置いておけばお客様も手に取られるので店も助かっております。ではまた出立の前日にもう一度お伺い致します。どうもお邪魔いたしました」


番頭が帰ると二人がいう。

「西国か、そろそろ暖かいし、あっちはもう桜が蕾じゃろう」

「西国は瀬戸があるで魚も山菜も米もええしな、ただ京とその向こうがちと気になるがの」

源次郎がいう。

「そうです。近江辺りからは気が抜けないでしょう」


 十日後、物々しい警護で江戸を発つ一行の中に旅姿の源次郎がいた。

背中に背負う籠の中には筆墨紙が入っている。

腰には刀に加えて筆入れと小さな紙本がぶら下がっていた。


一行にももの書き好きがいた。

源次郎より年上だが、剣は使えそうでどこかの脱藩浪人だという。

「わしも好きでよくものを書く、そちらの書いたものも一度読んでみたい。道中で折にふれ拝見してもよいか」


「構いませぬ、読んでいただければ精も出ます。読んで頂ける方が増えることほどありがたいことはございません」

「わしらは用心棒仲間じゃが、そちらとはもの書き仲間でもある。近江を過ぎれば何が起きるやらわからぬ、ネタを探すにはもってこいの旅じゃ。ともに身体に気をつけ最後まで無事に勤めましょうぞ」

「こちらこそ、よろしく申し上げます。ともに無事に江戸に戻りましょう」

源次郎に仲間が一人できた。


西のほうから嵐が来ようとしている。

幕末の入り口は目の前である。

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