第17話 特殊動力研究所

「で? どおするの?」


 耕太がカヤにそう訊くと、カヤはサングラスの数値を確認した。


「タイムリミットは止まったまま。何か私たちに関わる行動を起こして様子を見る」


 カヤはそう言って、鉄柵のインターフォンを押した。


「セキュリティが家レベルだな……」


 耕太がそう呟くと、すぐに女の声で反応があった。


『はい。特殊動力研究所です』

「あ、あの、すみません。私、以前ここに関わっていた君島、君島耕之介の息子です」

『……きみじま?』

「あの、えと、父の事を知っている方がいたらちょっとお話を伺いたいと思いまして」

『……はい?』


 カヤはサングラスの数値が止まったままなのを確認し、耕太に向かって首を横に振った。

 耕太は続けた。


「君島を知っている方がこの研究所にいませんでしょうか?」

『アポのない方のご対応はできませんので、お引き取り下さい』

「あっ、父が、君島耕之介がこの研究所に関わる事をメモしたノートを持っています」


 インターフォンの反応はなくなった。

 

 耕太とカヤは鉄柵に寄り掛かり、腰を下した。


「こんなことしても意味ないか……」


 耕太がそうため息をつくと、カヤが言った。


「ありがと」

「……え?」

「出会ってまだ三日しか経ってないのに、4回も助けられた」

「……あ、ああ。だったら僕だって、何回も助けられた」


 カヤは吹き出して言った。


「なんかしんないけど、なんか助け合ってるね」


 耕太も釣られて吹き出した。

 すると、なぜか鉄柵の門が開き始める。

 耕太とカヤは咄嗟に立ち上がった。

 インターフォンから女の声が聴こえる。


『どうぞ中へ』


 耕太とカヤは顔を見合わせ、開いた鉄柵の門を恐る恐るくぐった。


 青く輝く巨大な壁を、耕太とカヤは見上げた。

 その二人のすぐ横で、壁の一部が扉の様に開く。その扉の先には、床も壁も天井も真っ白な廊下がずうっと奥まで続いている。

 耕太とカヤは意を決し、扉の中へと入っていった。


 耕太とカヤが真っ白い廊下に立つと、二人の後ろの扉が静かに閉じた。


『どうぞそのままお進み下さい』


 女の声を聴くと、耕太とカヤは奥へと進んだ。


 廊下は行き止まりに達した。

 耕太とカヤは顔を見合わせる。

 すると、またしても二人の目の前の壁が扉の様に開く。

 そしてその扉の向こう、そこに立っていたのは白衣姿の中年の男だった。


「特殊動力研究所所長の吉村です」


 突然の紹介に、耕太も慌てて応える。


「あ、アポも取らずに急に伺ってしまいすみません。君島耕太と申します」


 耕太が頭を下げるとカヤも続いた。


「カヤと申します」


 吉村はカヤの奇妙な格好に疑問を持った様子だったが、気にせず言った。


「どうぞ中へ」

 

 耕太とカヤは吉村に促され、研究施設内へと足を踏み入れた。


 施設内は巨大な円柱状で、直径20メートル、高さ50メートル程の空間に、循環装置やポンプ、動力装置や電子機器などが複雑に建て込んである。そしてその至る場所で、白衣姿の研究員が作業をしていた。

 耕太たちはその円柱の中腹の側面をぐるっと囲む足場に立っていた。

 耕太とカヤはその、見たこともない巨大装置を呆然と眺めた。

 

「……君島先生の息子さんですか」


 遠くを見つめながらそう言う吉村に、耕太は答えた。


「はい」

「……君島先生はお気の毒でした」


 耕太が少し動揺すると、吉村は続けてこう言った。


「ここは次世代の、またその次の世代のエネルギーをも研究できる施設です。基本設計は君島先生が担当しました。そして、以前、君島先生が責任者だったエネルギー開発よりはるかに安全な研究システムです」


 耕太はじっと聞いていた。


「もう少し早くこの研究施設が稼働していれば……」


 思わず耕太が訊いた。


「稼働していれば?」

「……君島先生はこの施設の責任者、つまり所長になることが決まっていたんです」

「所長に……」

「先生はずうっと警鐘を鳴らしていました」

「え?」

「政府が進めていた原子力発電や増殖炉の研究に」


 遠くを見つめる耕太の横顔を、カヤはじっと見つめた。


「先生は、利権まみれで誰も問題を解決しようとしない政府のあやふやな政策に巻き込まれたんです。そして、あの事故の責任を押し付けられて……」


 耕太は拳をぎゅっと握った。


「そのノート、見せてもらってもいいですか?」


 その吉村の言葉で、耕太は我に返った。


「ああ、どうぞ」


 吉村はノートを手にし、しばらく黙ったまま食い入るようにページをめくった。


「すごい、こんな先のプランまで……」


 吉村が耕太に言った。


「このノート、しばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。その代わり、僕たちの話も聞いていただけますか?」


 吉村がノートを閉じて言った。


「そうですよね。ああ、なぜここへ?」

「実は僕、今、アンチ環境保護みたいな、クソみたいなユーチューバーをやっています」

「……はあ」

「だけど、なぜか、いずれ、僕もここでエネルギーの研究をします」

「ん?」

「いずれ僕も、ここである人と研究をするはずなんです」

「ん? ある人?」

「クマダという研究者と、いつか」

「いつか?」

「たぶん、60年後とか」

「え?」

「まだ生まれていない人です」

「は?」


 カヤが言った。


「私はその人の姪です」

「……はい?」

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