第15話 野望

 耕太は寝室のクローゼットの棚からダンボール箱を下した。

 その様子をカヤはじっと見ている。

 ミサキはそのカヤに銃口を向けていた。

 

 ダンボール箱から一冊のノートを手にした耕太は、それをパラパラとめくった。

 全てのページに数式やグラフ、メモ書きがびっしりと記してある。


「僕がこれから親父の研究を引き継いで……無限エネルギーの研究を?……」


 耕太はそう言って、茫然と立ち尽くした。

 ミサキは、耕太の手にあるノートをじっと見つめて言った。


「カヤさん、タイムリミットを見てみて」


 カヤがその言葉に反応し、サングラスを見ると、数値がどんどん増えていく。


「……えっ」


 固まるカヤに、耕太が訊く。


「どうしたの?」

「……タイムリミットが、増えていく」

「え?」


 ミサキは続けた。


「タイムパラドックスの原因は、複数の時間軸の変化で磁場が狂い、空間が歪み、耐えられなくなるところにある。それはタイムリープシステムに使うエネルギーが複数の時間軸に吸収されてしまうから。ん~、簡単に言うと、空間が増えるスピードにエネルギーが追いつかなくなるって事かな。だからタイムリープが起きた瞬間にタイムリープを消滅させ、タイムリープそのもをなかった事にする。これが本来のタイムリープシステムの本質」


 じっと聞いている耕太とカヤ。


「だけどそれはあくまでも、エネルギーが追いつかない事が前提」


 耕太とカヤは何かを感じ、お互いの顔を見た。


「もしエネルギーが追いつけば、理論上、何度も磁場を書き換えられ、タイムパラドックスは抑えられる」


 カヤが訊いた。


「どおゆうこと?」


 ミサキはニヤッとし、言った。


「コータ様の、無限エネルギー」


 耕太とカヤは息を呑んだ。

 ミサキは続けた。


「まず、莫大なエネルギーそのものをタイムリープさせて無限エネルギーにする。その無限エネルギーで、タイムリープによって増え続ける時空を無理やり繋ぎとめる。すると、タイムパラドックスは起きない。これがタイムコントロールの原理」


 耕太とカヤは固まったままだった。

 ミサキは更に続ける。


「代表者2人はタイムコントロールシステムの完成はまだ先だと思っていた。だから、とりあえずコータ様の時間を消そうとしているカヤさんを確実に始末しようと、自らがタイムリープした。だけど、数分経ってもカヤさんも代表者2人も戻って来ないし、タイムリープ装置も消滅しないし、この世界がまだあるって事はタイムパラドックスも起きていないって事だし、何かがおかしいと思ってタイムリープシステムからタイムコントロールシステムへアクセスしてみたの。そしたらなぜか、磁場データの修復モードに移行していた」


 聞き入る耕太とカヤに、ミサキは続けた。  


「それって、もしかしたら、タイムコントロールシステムがすでに起動し始めているってこと? と、思って、私もこっちに来てみたわけ」


 立ち尽くす耕太とカヤに、ミサキは笑顔で言った


「今、タイムリミットが増えてるって事は、タイムパラドックスを抑えられているのかもね」


 愕然としているカヤに、ミサキが首を傾げて言う。


「あら、ずいぶん残念そうね?」


 その言葉には答えず、カヤは呟いた。


「やっぱり……私がもたついたせいで……」


 耕太も呟く。


「僕はいったい、これから何を……」


 俯く耕太に、カヤが言った。


「あの核融合装置、あんたが作ったんだ。知らなかった……」


 それにミサキが答える。


「知らないのはそれもそのはず。教科書にも載ってないし、歴史資料にもないですからね」

「なぜ?」

「さあね、それはクマダさんに聞いてみたら」

「……え」


 カヤは何かを察して愕然とし、耕太を見て言った。


「……私の叔父と……あんたが……」


 ミサキが笑顔で言った。


「凄いわよね。核融合装置をタイムリープと連動させて無限エネルギーをつくるなんて。クマダさんもコータ様もコータ様のお父様もみんな天才。この世界の時間を支配しようなんて、普通の人間じゃそんな野望もてないもの」


 カヤは拳をぎゅっと握り、ミサキに言った。


「私の叔父は、そんな野望もっていない」

「あら、だったらなぜクマダさんはタイムコントロールシステムの研究をしていたの?」


 カヤはミサキを睨みつけて言った。


「タイムリープシステムもタイムコントロールシステムも、悪用されない為にあなたたちよりも速く開発しただけ。私が目的を果たして元の世界に戻ればタイムリープシステムが消滅して同時にタイムコントロールシステムも消滅する」


 カヤが自分の腰の銃を意識すると、ミサキはカヤに銃口を向けたまま、鼻で笑い、言った。


「抜きなさい」


 耕太が服の内ポケットからそっと銃を取り、その銃口をミサキに向けた。

 その気配に気づいたミサキに耕太が言った。


「こっちには二つ銃がある。あんたの方が不利だ」


 隙をついて腰の銃を抜いたカヤに向かってミサキがトリガーを引こうとした瞬間、耕太がミサキに向かって先にトリガーを引いた。

 ボムッ 

 ミサキの胸を黄色い閃光が突き抜けた……。



 

 ベランダの耕太とカヤは、遠くの海を見つめていた。

 耕太が徐に言う。

 

「本当に、僕にそんな野望がうまれるのか……」


 遠くを見つめたままのカヤを見て、耕太は続けた。


「もう、何がなんだか分かんないよ。もう、僕を殺してくれ。そうして君は元の世界へ……」


 カヤはため息をつき、俯いた。と、カヤの目線の先、マンションの下に警察車両が三台ほど見えた。

 耕太もその警察車両に気づき、言った。


「駐車場の死体か……」


 耕太は再びカヤに言った。


「もう、終わりにしよう」


 カヤはしばらくぼうっとし、徐にサングラスのタイムリミットを確認した。と、タイムリミットは増減していない。ハッとしたカヤは、言った。


「逃げよう」

「……は?」


 カヤは耕太の手を引いて部屋に入った。


「な、なに?」

「警察が来る前に行こう」


 と、テーブルのノートを手にするカヤは、耕太を連れて部屋を出た。


「エレベーターはまずいから階段で」


 カヤはそう言って廊下を走り、非常階段の扉を開けた。

 訳が分からぬまま耕太も続いた。


 非常階段を駆け下りるカヤに、耕太は言った。


「どうしたの?」

「意味があるかも!」

「は?!」

「あんたと! あの時出会って! ここまで一緒にいて! そうして! こうやって! こうやって階段を下りていることに意味が!」

「意味って!?」

「何度もあんたを殺そうとしたけど! 今! こうしてる意味!」

「はあ!?」

「今こうして! あんたと私が助け合ってる意味!!」









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