読者が私の書いた異世界に転移したというので助けることになった。
華川とうふ
悪役令嬢令嬢バッドエンド
その異変に気づいたのはついさっきのことだった。
いつも通り、私はカクヨムの編集画面でこっそりと恋愛小説の続きを書こうとしていたときのことだった。今流行の乙女ゲーの世界に転生するという、読者受けを狙った小説だ。
「
カクヨムの下書き画面に急にこんな文字が現れたのだ。
私はまだ何も書いていないというのに。
今日はまだ一文字も書いていないという罪悪感でいっぱいだった。正直に言ってしまうと自分の無意識が入力しているんじゃないかと不安になって何度も目を擦ったくらいだ。小説を書くのは凡人には結構大変なことなのだ。
だけれど、そこには確かに文字がある。
まあ、いい。
無意識でも何でも毎日、物語を書き続けるのが大切なのだから。
そう思って、私は続きの文字が書かれないかなぁと画面をみつめてまつ。
だけれど、ちっともその続きはこない。
なんて勝手なのだろう。
こんなセリフにどうやって続けろというのだ。
物語はいいところでこれから悪役令嬢がざまあされて読者がスカッとする展開があったはずなのに。
こんなセリフが書かれては続きの書きようがない。
書いたからには、責任もって続きを書いてほしいものだ。
仕事で疲れた頭で毎日、必死に物語を絞り出している私には明確な続きなんて決まっていないけれど、文句をいう。
だって、書くのってつらいんだもん。
私は仕方なく、手元にあった缶チューハイのプルタブをプシュッとやる。
シュワシュワとフルーティーで甘い液体が喉を滑り落ちていく。
さあ、諦めて書きますか。
そう思って、私はさっきの勝手なセリフを消す。
すると、
「
と今度は新しいセリフが増えた。
なんだ、酔っ払った私にならできるのかと、私はにんまりと笑う。そう、お酒のおかげでリラックスできているのかもしれない。それかとうとう仕事で疲れた私の頭がいかれてしまったか。
「どういうこともなにも、私の小説に勝手にセリフ増やしているのはそっちでしょ?」
私はカクヨムの編集画面にそう入力すると、
「
すぐに新しい文字がでてきた。
しかし、ムカつくことに空白の部分にルビ機能で入力されていて文字数がほとんど増えない。
どうせなら、増えてくれれば良いのに。
更新のために、1000文字は欲しいところだ。
「ここは私がカクヨムで書いている小説の編集画面です」
私は簡潔に書く。
どうせならもっと、対話っぽくした方が文字数が稼げるかもしれない。だけれど、何も思いつかない。
こんなの簡単に思いつくことができるなら、もっと人気の作者に慣れるのかもしれないけれど、私はいわゆる底辺作者なので書くのは遅い。
「
「はい、そして、ここはカクヨムで連載している『悪役令嬢、バッドエンド』の最新話の編集画面です」
うん、敬語の方が書きやすいかも。
だって、相手は知らない人だし。なんかこの方がゲームとかのお助けAIみたいじゃない?
「
まさか、私の小説のファン?
と思った次の瞬間、
「
と言葉が書かれいらっとする。前にもどこかで似たセリフを言われたことがあった。
「悪いのですが、そういうわけでこの画面に勝手にセリフを書き込まないでください。これから大事なシーンなので」
努めて事務的に対応する。
しかし、
「
おや、びっくりマークだけルビからはみ出しているようだ。
一体どういう仕組みなのだろう。
無視してもいいのだけれど、しばらくさっきのように会話をしていてきがつく。
どうやら、話ている相手は私の小説の読者(私の小説をいまいちといっているくせに)であり、小説の世界に迷い込んでしまったらしい。
でることも出来ずに困っているようだ。
しかも、聞いているとどうやらその彼女の容姿はこの小説の悪役令嬢にそっくりということだ。
「これから断罪されて殺される予定なんだけどな……」
そう書くと彼女は怒りだした。
「
そうはいっても、悪役令嬢の断罪がカタルシスだっていうのに。身勝手な読者だ。いや、けなしているのだから噂に聞く毒者ってやつかも。たいして読まれなかったから今まで遭遇することもなかったけれど、クライマックスにしてようやく読まれるようになってきたのかもしれない。なおのことちゃんと書かねば。
「
「えー、でも、そうしないと物語がつまらなくなっちゃう」
「
そういって、彼女は物語の続きの展開を話し始めた。
悪役令嬢は断罪される。けれど、殺されたりはしないで、遠くの地に追放されてそこで心を入れ替えて働き始めるという……。
「えー、それってスローライフものってこと?」
「
まあ、確かに悪くはない。
彼女のいう展開ならばもしかしたら男性読者も読んでくれるかもしれない。
仕方ない。読者のためだ。
そう思って、私は物語の続きを彼女が喋る方向で書き始めた。
しかし、彼女は注文が多い。難しすぎる言葉は使うなとか。このキャラクターはこんなセリフ言わないとか。彼女自身じゃなくて、攻略対象のイケメンやヒロインについても事細かに性格を把握していた。
そんな感じで、私は気が付くと彼女と話ながら小説を毎日更新し続けていた。
そして、できあがったのが『悪役令嬢、バッドエンド』なんてタイトルだけれど、追放された悪役令嬢がバッドを振り回してスカッと爽やかに問題を解決するという痛快ストーリーだった。
そして、彼女、悪役令嬢の周りには魅力的な仲間たちがキャラクターとして増えていった。
初手でヒロインをいじめた魔女(書いたのを忘れていた)は大活躍するお茶目なキャラだし。王子の側近としか書いていなかった幼馴染はものすごくイケメンで優しくて読者からも人気が高い。
悪役令嬢がいじわるっぽくみえるようにとドレスにあしらった毛皮のショールは実は生きていてなかなか可愛いもふもふマスコットになっていた。
気が付くと私の小説は毎日たくさんの人に読まれていた。
底辺だったのが嘘みたいだ。
やっぱり読者の声は大切にしないといけない。
いつも読んでくれる読者に感謝だ。
えっ? そんな小説しらないって?
あらまあ、大変。もしかして、あなたこちらの世界の人ではないんですかねえ。
ほら、あなたの知らないって声が消される前に自分の小説に帰った方がいいですよ。もし戻れないなら、もっとこの小説を面白くできます?
できるなら、消さないであげるけれど……?
読者が私の書いた異世界に転移したというので助けることになった。 華川とうふ @hayakawa5
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