幼馴染は常識を知らない

月之影心

幼馴染は常識を知らない

 『常識』とは、社会を構成する上で当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと。(Wikipediaより)








健斗けんとくんと私って『幼馴染』になるのかな?」


 やや茶色掛かった真ん丸の目で首を少し傾げながら僕、米津よねづ健斗の顔を覗き込むようにして問い掛けて来たのは、隣の家に住んでいる蜂谷麗美はちやれみ

 肩までの黒髪がふわっと揺れて、鼻に馴染んだシャンプーの香りが漂う。


「小学1年の頃から付き合いがあって、僕たちだけじゃなく親同士も仲良くしてるから……なるんじゃない?急にどうしたの?」


 突然の問い掛けに、椅子に座って眺めていたスマホを机の上に置いて、当たり前の事を当たり前のように答えたのだが、今日は日曜日で高校は休みで、ここは僕が間違っていなければ僕の家の僕の部屋で、おまけに記憶が正しければ麗美が来る予定も呼んだ覚えも無い。


「と言うか、別に来るのは構わないけどせめて部屋に入る前にノックくらいしてくれない?」


「あぁごめん。一人でえっちな事してるの見られたくないもんね。」


「してないから。」


「男の子は定期的に出すもの出さないと体に悪いって聞いたよ?」


「してないから。」


 こういう不躾な事を平然と言うのも付き合いの長い麗美ならではなのだが、気を抜くと何の話をしていたのか分からなくなるので、早めに軌道修正しなければならない。


「それはいいから、何で急に幼馴染かどうかなんて確認したの?」


「実は昨日さ、菅沼すがぬま君に『俺と蜂谷は小さい頃から知ってるから幼馴染だけど、米津はもっと後だから幼馴染じゃない。』みたいな事言われたの。」


 菅沼陽平ようへい

 小学校で友達になった同級生で、僕は普通に接しているつもりだけど、彼は何かと僕をライバル視していた奴だ。

 確かに勉強も運動も僕の方が多少勝ってはいたけど、ターゲティングする程の相手じゃない。

 まぁ、手軽に届く『あと一歩先に居る奴』みたいな感じだったのかもしれない。

 恐らく麗美に言った事も、未だに続く、僕を敵視してる一環なんだろう。


「確かに菅沼君は保育所行ってる時から知ってるから、小学校に入る時に引っ越して来た健斗くんより知り合ってからの時間は長いんだけど……。」


 何だか麗美が困ったような難しそうな顔をしている。


「何か問題でもあるの?」


「だって、幼馴染って知り合ってからの時間が長いってだけじゃないでしょ?」


「まぁ、どれだけ仲良くしてるかなんてのもあるかな。」


「私、菅沼君とあんまり話すらした事無いのにいきなり『幼馴染だ』って言われてもねぇ……。」


 言われてみれば、僕は陽平があれこれ話し掛けてからんで来るので幾度となく話はしているが、麗美と陽平が話をしている所を見た記憶があまり無い。


「しかも私史上一番仲良しの健斗くんが『幼馴染じゃない』って言われて、それで健斗くんはどう思ってるのかな?……と。」


「『私史上』って何?随分大きな話に聞こえるけど。」


「私にとっては大きな事だよ。健斗くんが幼馴染かそうじゃないかって。」


「何で?別に幼馴染じゃなくても仲が良ければいいんじゃない?」


「良くないっ!」


 麗美が怒った表情を見せているが、昔から麗美は怒っても可愛い。

 眉間に皺を寄せて眉を逆八の字にし、口をヘの字にして、まるで漫画から飛び出て来たような表情になる。


 しかし、次に麗美の言い放った言葉は、アポイントも無しに部屋に麗美が飛び込んで来た事よりも理解が追い付かなかった。












「だって幼馴染は大きくなったら恋人になるんだよ!?」








 は?


 幼馴染が成長したら恋人になる?

 幼馴染って出世魚か何かと一緒なの?




「マテマテ。どこでそんな事教わったの?」


「菅沼君が言ってた。『俺と蜂谷は幼馴染だからもうすぐ恋人になるんだぞ。』って。私、小さい頃から知ってるだけで仲がいいとは言えない菅沼君とは恋人になんかなれないよ……。」


 陽平がわざと言っているのか、それとも本気でそう思っているのかはこの際置いておくとして、先に麗美の脳内にインプットされた誤情報を修正しなければならない。


「いいか麗美。」


「うん。」


「幼馴染はどれだけ大きくなっても幼馴染であって、何のきっかけも無しに突然恋人になる事は無いんだよ。」


 僕の顔をじっと見て話を聞いている麗美もまた可愛い。


「でもそれ以外にも、都庁は日本がピンチになったらロボットに変形して日本を救ってくれるって教えてくれたよ?」


「何の話?どこからその話に繋がった?てか都庁は変形しないから。ジョーク。都市伝説。」


「えぇ!?じゃあ菅沼君は嘘を教えたって事?」


「陽平が疑う事無く信じてるなら嘘吐いたとは言えないけど……ってそれはいいから。」


 また話が脱線しそうになった。

 麗美は少し考えているような顔で、顎に人差し指を当てて天井を眺めていた。


「とにかく、何も無いのに幼馴染が恋人になる事は無いんだよ。分かった?」


「何があれば恋人に変わるの?」


「何が……ん~……色々あると思うけど……一般的には『告白』とかかな?」


「こくはく?」


「うん。『好きです。付き合ってください。』みたいな……。」


 例え話ではあるが、僕は少し気恥しくなって麗美から視線を逸らして言った。












「いいよ。」




 何の『いいよ』か分からず麗美を見ると、麗美はにっこりとした澄んだ笑顔で僕の顔を見ていた。


「え?何が?」


「健斗くん、今言ってくれたのが『こくはく』でしょ?」


「あ、うん。例えばあんな感じかな……と。」


「だから『いいよ』って言ったの。」


「んん?」


「『こくはく』があったら幼馴染が恋人になるんでしょ?今、健斗くんが『こくはく』したから私と健斗くんは幼馴染から恋人になったの。」


 また何だか訳の分からない事を言い出した。


「いやだから例えばって言ったよ?」


「例え話が正解ドンピシャだったら例え話じゃなくなるんだよ?」


「それは気持ちとしては分からなくもないけどそんなルールは無いからね。」




 正直、僕は麗美の事が好きだ。

 幼馴染としては当然だが、一人の女性として麗美に好意を持っている。

 麗美と恋人になれたら……なんて妄想を何度もした。

 状況としては理想的だ。




 が……




 『幼馴染が大きくなったら恋人になる』というのはそれだけ捉えれば間違いで、『告白があって恋人になる』というのもかなり雑な説明で、それを分かって貰う為に例え話をしたのだが、その例え話が正解ドンピシャだとOKしてきた麗美と恋人になるなんて、何だかしっくりこない。




「あのさ。」


「なぁに?」


「もう一度言うけど、幼馴染はどれだけ大きくなってからでも告白があっても幼馴染だからね。」


「でも健斗くんさっき『告白があったら恋人になる』って言ったよ?」


「言ったけど幼馴染は幼馴染なの。告白して相手がOKだったら『幼馴染の恋人』になるし、OKじゃなかったとしても『幼馴染』はそのままなんだよ。そりゃ気まずくなって今まで通りの付き合いが出来るかどうかは分からないけど。」


 神妙な顔で僕を見る麗美もまた可愛い。


「じゃあ、さっきのは健斗くんが告白して私がOKしたから『幼馴染の恋人』になったって事?」


「まぁ待ちなさい。」


「うん?」


「僕が言ったのは例え話ね。      ね。僕は麗美に告白してないからね。」




 しまった……つい勢いで僕が麗美に告白する予告をしてしまったような気がする。

 まぁ麗美なら聞き逃しているだろうけど。




「じゃあ何時告白してくれるの?」




 何でこういう時だけ聞き逃さないんだ。




「何時って……それは……。」


「じゃあねぇ……今っ!」


「どうしてそうなる?」


「いいから!はっやっくっ!」




 どんなノリなんだ。

 心情的には微妙だけど、どのみちいつかは告白しようと思っていたので、このノリを使わせて貰って告白するのも有りかもしれない。








「麗美、僕は麗美の事が好きだ。付き合って欲しい。」


「いいよ。」




 何ともあっさりと言うか……こっちは心臓バクバクで多分顔真っ赤なのに、麗美は普段と変わらない可愛い顔だ。

 いや、まさかとは思うけど麗美は『恋人』がどういうものなのか分からず言って……るなんて事は無いか。

 陽平とはそんなに話をしていないのに、幼馴染というだけでやがて恋人になるという出世魚的誤情報に拒否感を見せていたのだから。




「これで私と健斗は『幼馴染の恋人』になったのね。」


「ま、まぁそういう事……かな?」


「じゃあ次は……」


 麗美は後ろから僕に抱き付いてきて耳元で囁いた。








「子供……作ろっか?」








 令和3年春。

 幼馴染の恋人に、常識を教えないといけなくなった。

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