ユリハウス
大部屋創介
第1話 今日から入居
ここはとある高級住宅街にある二階建ての家の前。
「ここが今日からあたしが住むシェアハウスね」
荷物を両手に持った若菜が立ち止まり、家を眺める。
「実際に見ると大きい家だなーきっとこれから優雅な生活があたしを待っているんだ」
若菜は玄関のドアを開けた。
「おじゃましまーす」
(確かリビングは二階って言ってたわね)
玄関前の階段を上がり、リビングのドアを開けると、若菜はその光景に度肝を抜く。
広いリビングと、テーブルに散らばる缶ビールの山と山盛りになったタバコが溢れている灰皿。
タンクトップでタバコを吸いながらソファーに座って馬券を握りしめて血走った目と鬼のような形相で競馬中継を食い入るように見る女がいた。
(イメージと全然違うー!)
「来い来い来い来い!7-5-4! 7-5-4!!そのまま! そのまま!」
(な、何この人、怖い……)
『おーと、どうしたー、サイバーキョート、ここで大きく後退だー』
「ぬぉおおおおおおおお!!」
競馬に負けて馬券をビリビリに引き裂き、荒れ狂う女。
「あのクソ駄馬がー! いくら賭けたと思ってやがる!」
「あのー」
酒で顔を赤らめて機嫌の悪そうな女が反応する。
「あ゛っ!?」
「ひぃ!!」
「ってあれ? もしかして、今日から入居するっていう・・・・・・」
「は、はいっ小池若菜です」
「いやーお前のために競馬で大穴当てて盛大なパーティーを開こうと思ってたんだがなー。負けちまったわ」
(あれ? 怖い人かと思ったけど、意外と良い人そう)
タンクトップの女は手をグーにして突き出した。
「俺は住人の赤木千春だ。よろしくな」
ペコペコと頭を下げる若菜。
「はい、よろしくお願いします」
千春はテーブルの上に腕を置いてワイパーのように動かして一気にゴミを片づけた。
若菜が「あっ、あっ」とオロオロとしている中、千春はキッチンに行き、冷蔵庫を開けた。
「まぁ取り敢えず荷物はそこの隅に置いといて座れや」
若菜は言われた通り荷物を置いて千春が先ほどまで座ってたソファーに腰をかける。
「令那はまだ学校だから家の説明とかは後でな」
缶ビールを2本持ってきた千春が「それよりも一緒に呑もうぜ」とコップにビールを注ぐ。
「いえ、あたしはその、お酒はまだ飲んだことがなくて、それにまだ昼間」
「いいからいいから」
ソファーに座ってる若菜と対面でタバコに火をつける千春。
おそるおそるビールを口にする若菜。
「う、苦い……」
「遠慮せずにどんどん呑めや」
「あははは…」
若菜がモジモジしながら千春に話しをかける。
「赤木さんでしたっけ、えーと……ご趣味は……?
(お見合いかっ!)
「俺のことは千春って呼んでくれ。みんなからはそう呼ばれてるぜ。俺の趣味っつーたら、バイクとパルクールとスケートボードだな。あと空手もやってるぜ」
(そういえば千春さん。女の人なのに筋肉がうっすらとついてる)
「千春さんはスポーツやっているだけあってスタイルいいですね」
「そういうお前こそ」
若菜の胸を揉みしだく千春。
「結構いい乳してんじゃねーか。ギャハハハ」
「はわわわ」
若菜の乳首を指でこねたり弾いたりする千春。
「オラオラ、どうだ ここか ここが気持ちええんか?」
「ちょっと、それは・・・・・・」
(令那さーん 早く帰って来てー……!)
リビングのドアが開き、小柄な女が入ってくる。
「あ、あ、あ、」
小柄な女が千春にダイブ。
「私も混ざりたいぞー」
息を荒げながら千春の服の下から手を突っ込んでまさぐる女と悶絶する千春。
「ハァハァハァ」
「あひゃひゃひゃ」
唖然とする若菜。
「ちょ、琴子、ふざけんな! パンツの中は反則だろーが!」
(こ、こんな人達とこれから暮らすのー!?)
※※※
「私は知花琴子だぞー」
琴子が若菜に自己紹介をする。
「あっ、どうも、小池若菜です」
「今日はすき焼きらしいぞ! すき焼き!」
「おっ、いいねー」と千春。
琴子は若干パーマのかかったセミロングの小柄な女子大生である。
さっきの状況を考えるにどうやらとても人懷っこい性格のようだ。
千春はポニーテールのガサツな体育会系女子。
そして若菜はおとなしい性格の癒し系ゆるふわサブカル女子といったところか。
しばらく三人が談笑していると、ガチャっとリビングの扉が開く音がする。
「ただいまー」
どうやらシェアハウスの代表の世羅令那が帰ってきたようだ。
買い物袋にパンパンにすき焼きの具材が入っている。
「令那おかえりぃぃぃいー」
琴子が令那に飛びつき、身体を絡め始める。
それに対して「ただいま」と言って琴子の頭を優しく撫でる令那。
「おっ令那、若菜が来てるぜ!」
「あっ、どうもです。今日からお世話になります」
「はい、よろしくね」
互いに会釈する両者。
「じゃあ今からすき焼き作るからみんな手伝って」
※※※
すき焼きの準備ができ、四人は食卓を囲んでいる。
「いただきまーす」
四人が鍋に箸を伸ばし、それぞれが好みの具材を取っていく。
千春は手に缶ビールを持って、まだ酒を飲んでいるようだ。
(この人、まだ飲むんだ・・・・・・)
「若菜、お前は夢とかないのかよ」
酔っ払った千春が若菜に絡んできた。
「夢・・・・・・ですか」
「例えば俺はアクション俳優。ハリウッドで活躍したい」
「ハリウッドですか。大きな夢でいいですね」
「そして琴子は科学者」
「シンギュラリティ起こして人々の負担を減らしたいぞー」
「で、若菜はどうなんだ? 夢」
「えぇ、あたしは・・・・・・なんとなく大学に来ただけだしー・・・・・・」
「いやいや、なんかあるっしょ」
「うーん、あっ、令那さんはなんかあるんですか」
「私はまずはシェアハウス文化を日本に広めて、新しい家族観として繁栄させることかしら」
「令那は将来何になりたいか具体的に教えてくれないんだよ」
「あら、人は何かになるというより、何をするかが大事じゃない?」
若菜は自分には夢がないことに気が付いて俯き気味になって考え込み始めた。
「どうした若菜?」
千春が少し心配そうに若菜の顔を覗き込む。
「いえ、みんな自分の夢を持ってて素敵だなーって、あたしにはそういうのなくて・・・・・・」
「なんか願望とか好きなことから考え始めたらいいんじゃないか?」
と琴子。
「そうだ。若菜、好きなものについて語れ!」
と千春。
「あたしは映画とゲームとアニメと漫画と小説が好きかなー」
「おっ、例えばどんなのが好きなんだ?」
「そうですね。とりあえずゲームは格ゲーが大好きですね。小さいころはドラ●ンクエストやファイナル●ァンタジーとかをよくやり込んでました。アニメは主に深夜アニメを観てますね。特にあの作品が・・・・・・」
※※※
好きなコンテンツについて若菜が語り始めて一時間近く経過した。
「そういえば千春さんはアクション俳優志望してたみたいですけど、ジャッキー・チェンの作品は何が好きですか?」
「えええい! そんなにそういうのが好きならクリエイターを目指せばいいじゃねぇーか!!」
「!?」
若菜は驚く。
「あたしはいつも観る側で、自分で作るとか今まで考えたことがなくて、絵もあんまり描いたことがないし・・・・・・」
「じゃあラノベ作家はどうだ?」
「小説なら少し書いたことがありますが、とても人に見せられる代物では・・・・・・」
「俳句や短歌の世界では昔から言われているけど、人に見せないと上手くなれないわよ」
と令那。
「うーん」と俯き気味で考える若菜。
「クリエイター、いいんじゃない? まずはなれるかなれないかより、作品作りを楽しむところから始めたら?」
「あたし、まずは小説書いてみます! それからどうなりたいか考えます!」
「よーし、みんなの夢に乾杯だ!」
こうして入居初日を終えた若菜。これからシェアハウスライフが始まるのであった。
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