第2話 邂逅と展望
じゃあこれあげるからここに来て、そう言って黄浅は地図の書かれたルーズリーフを渡してそそくさと自席へ戻っていった。
黄浅という壁を失った僕を待っていたのは文化部ゾンビの大群によるウォー〇ングデッドだった。生憎臓物も腐肉もなかったため突破することはできず、ようやく解放されたのは始業5分前のチャイムが鳴った頃。ちょっとは人のことを考えてほしい。
飯を食いっぱぐれた俺は腹を空かせながら授業を受ける羽目になり、ようやく飯が食えるようになったのはホームルームが終わってからだった。
元昼飯君を食いながら迫りくる文化部ゾンビどもの追跡を振り切り何とか安息の地を見つけ、貰った地図通を頼りにたどり着いたのはどことなくかび臭い北館4階の視聴覚室だった。
ドアの前には黄浅がおり、挨拶をすると直ぐに手を引かれ視聴覚室に連れ込まれた。
「みんなー!転校生君連れてきたよー!」
黄浅の一言でその場にいた10人ほどがバッとこっちを見る。
「でかしたぞ黄浅!いつもいつも面倒ごとばっかり引き起こすから今度こそはと思っていたが、今回''は''いい働きじゃないか!よくやった!」
そう言いながら近づいてくる男性。スリッパの色からおそらく上級生なのはわかるが、いったい誰だろう。
「申し遅れたな。俺は軽音楽部の部長でベースの、
「初めまして。赤城といいます。今日はよろしくお願いします。」
まあそんなに固くなんなって、そう言って僕の肩を叩く彼はにこやかにほほ笑む。爽やかスマイルのイケメン、というよりハンサムという言葉が似あう目鼻立ちだ。
「ウチの部活はこの視聴覚室でギターとベースが、裏の準備室でドラムが、廊下でヴォーカルが練習してる。ここは所謂練習場所で、部室自体は一階にあるんだ。で、その部室が一体何に使われているかっつーと、そこで各バンド交代交代で曲を演奏してメンバー間でズレてるところを教えあったり、曲のニュアンス出しをしたりする為に使われてるって訳よ。」
黄浅が先に伝えておいてくれたのか、直ぐに見学コースへ入り、まずはこの部屋についての説明が始まった。
入った時には見えなかったが、裏にまだいるらしい。
「でもなんで同じところで練習しないんですか?」
「そりゃあ、一つの場所に全部のパートを集めると自分の楽器の音がドラムとかヴォーカルにかき消されて練習しにくいからさ。ギターとかベースの奴らが小型のアンプ…スピーカーのことなんだが、それを使ってても結構聞こえなくなるんだよ。」
まあ確かに。そりゃそうか。
「あと単純に暑くなるってのもある。弦楽器系はあんま動かないから分からんけど、ドラムって全身動かして演奏するから一曲叩き終わるだけで結構汗かくんだよ。ヴォーカルだって、カラオケ好きならわかると思うが、何回か歌うと汗ばんでくるしな。」
「いやベースだって汗かきますよ部長!」
「それはお前が動き過ぎてるだけなんだよ…」
頭を抱える部長に対して黄浅はなぜかドヤ顔をしている。
「黄浅って、ベースなんですか。どうりで指が固かったのか。なるほど。」
「そうだよ!俺は部内ナンバーワンベーシストなんグェッつ!?」
「お前は動き抜いたら実質3番手だろうがよ!」
ええぇ、、ナチュラルに鉄拳制裁食らわせてんじゃんこの部長…
「こいつ、ステージプレーはホントに一流なんだが、それにかまけてベースとしての練習しねえんだ。全く、困った野郎だよ。」
そう話す部長さんの目は優しく、仲の良さが見て取れる。この部なら上手くやっていけそうだ。何故かは分からないがそんな気がする。というか文化部でここよりよさそうな場所ないだろ常識的に考えて。ホントに何だったんだあのゾンビは。
「ま、部の簡単な紹介はこんなもんだな。他何か質問あるか?無さそうだな。じゃあここからは体験ってことで、各パートの練習を軽ーくやってもらうぞ。おい黄浅。お前のとこのバンドメンバー全員呼んで来い。」
「アイアイサ-!」
そういって走っていった黄浅を見送り、部長は「もし入部するとしたらヴォーカルに…いやなんでもない。」と言ってきた。何かあるのだろうか。
数分して黄浅は見知らぬ3人―スリッパの色から同学年だとは分かる―を連れてきた。部長の言うことが正しければ彼らがバンドメンバーなのだろう。
「連れてきましたー!」
「センキュー。じゃあお前たち順に並んでくれ。お前たち、この子は見学で来てくれた…名前なんだっけ?」
「赤城です。赤城和久。」
「そうそう、赤城君。ンで、こいつらが左からギターの青野、ドラムの緑川、最後にキーボードの金山だ。ほら自己紹介して。」
目の前に一列に並んだ彼らの中にヴォーカルはいない。今日は来てないのか、何か小骨が引っ掛かったような感覚を感じていると自己紹介が始まった。
「ギターの青野だ。
最初の彼は見たところ寡黙で理知的な容姿をしている。デキる匂いがプンプンする。
「ん。俺か。俺は
次の彼は高身長且つガタイの良い、ラグビーでもやってそうなマッチョマン。
「初めまして。アタシ
ぷ、プロ…え?…まあいいや。次の彼女はどちらかというとクールでエレガンスな女性って感じがする。エレガンスってどういう意味とか解んないけど。
「ノゾミン、プロフェットファイブなんて音楽初心者に言っても分からないでしょ?そんなことばっかしてるから誰も寄ってこなくなるんだって!」
「うるさい!大体私はあんたを止めてくれってミドリに頼まれたから軽音部に入部したのよ!あんただって昨日ヤマハのBBだかPEだかPETだかの良さについてご高説賜ってくれたけどね、私は一切ベースなんてキョーミ無いのよ!いい加減にして!」
どうやら考え方を改めなければならないらしい。
「はーん!BBの良さを分からない奴なんか帰れ帰れー!あ、黄浅巧でーす、ベースで下から演奏を支えてるよ!ヨロシク~!」
…こいつはいいか。良いよね。金山さんの方に視線を向けると、諦めてくれ的な表情が返ってきた。
「あれ、そういえばヴォ―カルがいませんけど。」
騒がしい二名の方から顔を背け、聞きやすそうな緑川さんにそう質問すると、彼は苦い顔をしつつも答えてくれた。
「あー、なんだその、前のヴォーカルは元々人間性に難があってな。夏休み始まってバンドも組んで、さあこれからって時に学校ごと辞めやがったんだよ。おかげでウチのバンドは今ヴォーカルいねーんだ。」
そうか。部長が言ってた事はこういうことだったのかとやけに腑に落ちた。
Bandism!!~バンディズム~楠第一高校軽音楽部は今日も元気です クレポン @kureponponta
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