未来人の動機証明
考作慎吾
第1話
乳児および幼児連続殺人の犯人を逮捕した。殺された幼児は皆、手で首を折るように絞殺されていた。幼児達に接点はなく捜査は難航し、事件は迷宮入りするかと思われた。
しかし、最後の被害者の異様な泣き声で離れにいた母親と聞き込みをしていた警察が現場に行き、犯人を見つけてそのままお縄となった。
そして今、犯人は取調室に座っている。犯行の動機を聞くべく初老の刑事が中に入るが、男の風貌に薄寒さを感じる。
男はここ数日風呂に入っていないのか、かすかな異臭とボサボサな髪をしていた。仕立ての良さそうなスーツも薄汚れ、男の体にピッタリのスタイルはやつれた男の体をさらに引き立てた。
何人の幼児を殺したというのに、刑事のことをニタニタと笑って見ている。
刑事は一つ咳払いをして男の正面に座ると、鋭い目つきで尋問を始める。
「どうして乳児と赤子を殺した」
「どうしてって、殺さないと私が殺されるんです」
男は至極真っ当なように言うが、それを無視して刑事は続ける。
「あんたは一体どこの誰なんだ? 名前と連絡先を教えてもらったが、どれも該当しない。連絡先のアパートは存在すらしていない。私達をおちょくっているのか?」
「そんなとんでもない! 私は自分の罪を認めて正直に答えています」
男は首を横に振ったが、刑事は胡散臭そうな目で男を見る。
「……刑事さんもそんな目で私を見るんですね。私の言う事は全部本当なんです、信じてください」
「そう言うなら、乳児と幼児を殺した動機を教えてもらおうか」
「分かりました。それについてですが、刑事さんに一つお願いがあります」
「なんだ?」
「今から言う告白を否定しないでください。そうでなければ、私の動機が話せなくなります」
「分かった。言ってみろ」
「ありがとうございます」
男は初めて愛想笑いを浮かべると、あることを口にした。
「実は私、未来から来た者です」
***
私はとある中小企業で働く平社員でした。自分の就きたい職種で働くことが出来、これからの人生は充実したものだと疑いませんでした。とある同期のミスをなすりつけられるまでは。私の方が仕事が出来て妬んだ同期が私を陥れる為に自分のミスをなすりつけました。他の社員も上司も私が気に入らなかったのか、同期の言葉を信じて私を目の敵にしたのです。
それからは悲惨なものでした。私が挨拶をすれば舌打ちで返す先輩、私の努力した成果を掻っ攫う上司。私を無能だと罵る同期。そんな日々が続き、私の心は疲弊していきました。
それでも私は唯一の楽しみであるコレのおかげで頑張ってこれたんです。
コレを知らない? そうでした、コレはスマホというのですが、電話をしたりテレビを見たり出来る便利な物なんです。今はここの電波が悪く、同期の嫌がらせのせいで調子が悪いのですが……。
話を戻します。私はスマホでお気に入りの音楽を聴いて過ごすことが心の拠り所となっていました。仕事がない時はずっとスマホで音楽を聴いていました。
しかし、そんなささいな幸せも彼らは許してくれませんでした。
私が席を外している隙に、スマホに熱々のコーヒーをかけたのです。私が気付いた時には湯気の立つスマホとそれを見て笑う同期がいました。
私は腹が立って思わず同期を殴りつけました。しかし同期は、突然私が殴った。スマホがコーヒー塗れになったのも、私が殴ったからかかってしまったんだと涙を流して周りに言いました。
私は違うと言って周りに弁明しました。しかし、私の言葉は誰の耳に届くことはなく、私はクビにされました。
会社をそのまま追い出されてしまい、私の手元にあるのは電源は入るものの、上手く動作しないスマホだけでした。
どうしてこんな目に遭わなければいけないのか、これから私はどうすればいいのだろう?
そんな自問自答を胸の内でしながら、当てもなく彷徨いました。
どうやって歩いたかなんて覚えていません。周りを気にせず放心した状態で歩いたらしい。
正気を取り戻したのは赤子の泣き声でした。塀の向こうの平家から赤子の泣き声が聞こえるのです。いつもは他の生活音などで気にしないのですが、今回は気になって仕方がなかったのです。私は誰にも断りを入れず吸い込まれるように赤子の泣く平家へ入って行きました。玄関扉に鍵は掛かっておらず、不用心だなと思いながら赤子の元へ行きました。見つけた赤子はベビーベッドで横になっていました。いまだに泣き続ける声がだんだん私を責め立てる先輩の声と重なったのです。
ああ、うるさい!うるさい!
気がついたら私の手元にはぐったりとしている赤子がいました。赤子の首元にはくっきりと私の手形がついており、人を殺した罪悪感でその場に崩れ落ちました。赤子から目を離すと、ベビーベッドの側に一枚の紙が貼られていました。それは赤子の名前だったのですが、その名前は先輩と同じだったのです。少し変わった名前でしたので、よく覚えています。私は慌てて平家を出て、玄関の立て札を確認しました。そこに書かれているのも上司と同じ苗字だったのです。
ただの同姓同名かと思った私ですが、周囲の違和感でその考えを打ち消しました。
どこもわずかですが古く感じるのです。肌を黒くした女子高生達がジャラジャラとストラップを付けて談笑していたり、近くの家の窓越しから見える電気家具がブラウン管テレビや大きめのホース型の掃除機など。極めつけはゴミ捨て場にまとめられた新聞紙の日付です。捨てられた古新聞全てが平成初期の物で、状態も新しいものでした。私の所も年号が変わって数年経ちますので、最新の古新聞が平成初期なのもおかしな話です。そこで私はどういう経緯か分かりませんが、過去へタイムスリップしたのではと結論づけました。
そうなると私は先程殺めた赤子を思い出しました。私が過去にタイムスリップしているのであれば、上司や先輩もまだ幼いはず。あの赤子は本当に先輩だったのではないか?
私の中の罪悪感はたちまち無くなり、思わず笑ってしまいました。
あれだけ私に嫌がらせをしていた先輩が、ただ泣く事しか出来ずあっさりと死んでしまった。先輩がこの世にいなくなり、私に嫌がらせをする奴はいなくなったんだ‼︎
そう考えると今まで耐えていた鬱憤がスッと消えてとても楽しい気持ちになりましたが、時間が経つと鬱屈したきもちになり、頭を抱えました。
先輩が一人いなくなったところでどうなるんだ。まだ他の先輩や上司、全ての元凶でもある同期がいるんだ。結局、私はあの地獄から逃げられないのか? ……いや、一つだけ方法がある。過去にタイムスリップしている今のうちに全員殺してしまえばいい。
彼らを殺しても共通点は未来の就職先だ。犯人もまだ生まれているか分からない私なのだから、捕まることはない。
これは神様が私にくれた温情だ。私を苦しめたあいつらに復讐してやる‼︎
そうして私は刑事さんも知っての通り、数多の赤子、幼児を殺しました。不思議なことに、当てもなく歩いて見つけた子供は全て私を苦しめた人達でした。
そうだ。いい物をお見せしましょう。スクロールで探して、ここをタップすると……。はい、見つけました。
これは何だって? ふふっ、聴いてみれば分かります。
オギャア、オギャアー。
アハハ、驚いた顔をしていますね。そうです。唯一使えた録音機能で、赤子達が死んでいくまでの音声を録音したんです。他にもありますよ? これは上司、これは嫌がらせをした先輩の泣き声です。
分かりますか? あれだけけたたましく泣いていた声が徐々に小さくなり、沈黙していく声が。この音声が今の私にとって復讐の楽しみとなりました。
それが最後の一人だけ録り損ねてしまいました。よりにもよって、あの同期です。警察や母親に止められても、首を絞め続ければ良かった。ああ、本当に惜しいことをしました。
***
男はそう語ると手元にあるスマホを弄る。刑事は話を聞き終えて、男がスマホを執拗に指でなぞり叩く光景を不気味に見ていた。
未来から来たという話からおかしいのだが、気味が悪いのは、スマホという得体のしれない鉄の板を出した所だ。液晶にヒビの入った何も表示されていないそれを、あたかも何かあるように訴え、指で叩いた。すると、お目当ての物を見つけた途端、男はいきなり赤子の泣き声を口にしたのだ。驚いた刑事に、このスマホで録音したといい、次々とスマホをなぞり叩くが、そのスマホからは何も反応がなく、男が自分で赤子の泣き声を発し続けるのだ。
現に今も男はスマホを叩いては、時折赤子の泣き声を口にする。
男が赤子を殺めた理由は分からず仕舞いだが、人を殺めたことで精神が壊れてしまい、あんな妄言を言ったのだろう。
『私の言う事は全部本当なんです、信じてください』
ふと、男が刑事に言っていたことを思い出す。刑事があの話を信じるのは馬鹿らしいが、もし男が言うことが本当だとするならば、何とも言えない気分になる。
未来での男の境遇、それを慰めていたスマホという鉄の板。
壊れてもなお執拗に触り続ける男の姿が未来を表しているのかと思うと、刑事は苦虫を噛み潰したような表情となった。
終わり
未来人の動機証明 考作慎吾 @kou39405
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