『2、嫌味な准教授ふたたび』


 それでも、手掛かりを求めて再び松林准教授には会わねばならない。


 あの不機嫌な人に会いたくないと思っていたからこそ、女装してメイドカフェへの潜入調査までしたというのに、結局、こんな羽目はめになるなんて最悪だ……


 今度は菱山教授は介さず、剣崎刑事が「これは捜査です」とキツめの口調で告げ、やや高圧的こうあつてきな態度で「今から会ってください」と強引に話を進めた。


 あくまでも協力を要請ようせいするという言葉ことばづかいだったが、言外げんがいの態度は……ここではちょっと言及できない。


 松林准教授は、昨日と同じ西新宿のカフェに来てくれることになった。


 剣崎刑事は自分たちがK大学のあるS市まで行くと言ったのだが……


 松林准教授は「どちらが相手のいる場所に向かうとしても移動時間は同じだから自分が行く」と一見こちらに気を遣うフリで地元を避けた。


 テトロドトキシンを盗まれるという失態を犯した以上(しかも後から金をもらって結果的に売った様子だし)すでに彼の立場は充分以上に悪くなっているのだが、警察にあれこれ聞かれている姿を学生や大学の関係者に見られて更に立場が悪化する事を危惧きぐしたのだろう。


 無駄な足掻きのような気もするが……


 さすがに女装のままで松林准教授に会う事ははばかられたし、約束の時間まで一時間ほどあったので、俺は近くのドラッグストアでメイク落としと洗顔料せんがんりょうとタオルを買い、その隣の店で適当なメンズ服を買って、店員さんに断り、店のトイレでメイクを落として顔を洗わせてもらい着替えも済ませた。


 気分はサッパリしたが、なんだか無駄に金を遣っている気がするし妙に大荷物になってしまった。計画性は大事だ。こんなことなら最初から着替えや諸々もろもろを持ってくればよかった。


 俺が余計な事を考えているうちに松林准教授が現れ、挨拶あいつもろくにせず、俺たちは昨日と同じ西新宿のカフェに入った。客の少ない時間帯のようで店は程良く空いている。


 席につくと店員が注文を取りに来て、すぐに五人分のコーヒーが運ばれてきた。


 剣崎刑事は注文したコーヒーに口も付けずに切り出した。


「あなた、出水さんのレストランで、彼と、白石妃菜さんと一緒に食事をした事があるそうじゃないですか。どうしてその件を話してくれなかったんですか?」


「はあ? どうしてだと? 出水がメイドの名前を教えなかったからに決まっている。女も取り澄まして『名前は秘密でぇす』などと言っていたしな。名前も知らない女の話をしたところで、あんたが得られる情報は無かっただろ。だから、その女がメイドだって話だけしたんだろうが。役に立たない話までする必要があるか?」


 うぐっ!!!! あっという間にストレスが溜まる。この人、相変わらず嫌味な話し方だなぁ。


 俺はさっそく心が折れそうになっていたのだが、剣崎刑事はさすがだった。表情ひとつ変えずに質問を続ける。


「出水頼次さんがテトロドトキシンを隠し持っている事を知っていた人物が、あなたを含めて、最低でも三人居た事は理解していますか? つまり、あなたと、白石妃菜さんと、もう一人」


「ああ、知ってるよ。出水が『ヨットに乗せる』って口約束をしていた年増としまでデブスの女だろ? メイドカフェの女とも付き合いながらよくやるよ、と呆れたからな……」


 ひえええぇ、この人、ホント、口さがないっ。「年増でデブス」って、リアルではなかなか口に出せない暴言ぼうげんだよ~っ。


「でも、あれはただその場を取りつくろうための方便ほうべんで、本当に乗せるつもりは無いって出水は言っていたぞ」


 コーヒーカップに口をつけようとしながら松林准教授はシレッと言った。


 チッ、と剣崎刑事は目の覚めるような舌打ちをした。忍耐強い刑事さんでさえも、さすがに松林准教授の態度にはイライラするらしい。


「出水さんの女性関係については一度お尋ねしていますよね? どうしてあの時、すべてを話してくれなかったんですか?」


「その女は、僕が改めて話す必要は無いだろう。、あんたたちは僕に、もう一人の女である例のメイドの事を訊きに来たんじゃないのか?」


「はあっ!??」


 全然、事実と違うんですけどっ。何言ってんの、この人っ!??


 その場に居た全員が事態を理解できずに各人かくじん各様かくよう怪訝けげんな顔になった。


「どういう事だ? 何の話をしている?」


 松林准教授はさすがに察しが良い。


 自分が状況の全体像を把握はあくしていない事を瞬時しゅんじに悟り、眉間に皺を寄せて俺たちの目を順繰じゅんぐりに覗き込んできた。


 美波ちゃんはたまりかねたようにスマホを取り出し、待ち受け画面を松林准教授に突き付ける。


「この写真、昨日も見てもらいましたよね。あなたが出水さんにテトロドトキシンを返してくれって話した現場に、この女性は居なかったって言いましたよねっ!?」


「あ、ああ、居なかったよ。それに、その女には会った事も無い」


 松林准教授は気押されたようにおどおどしながら答えた。


 どうも話がちぐはぐだ。


 でも、これでやっと、松林准教授は徹底して「自分が無駄だと思った話」はしないタイプだと分かった。


 俺たちは──剣崎刑事でさえも──彼からはを引き出すことが出来ていなかったのだ。


「あの、誤解があるようなんですが……」


 話を整理しようと俺が口を開きかけた時、松林准教授の真向かいに陣取っていた剣崎刑事が苛立ちもあらわな溜息をついた。物凄く怒っている。


「我々が任意で事情をいているのは、たった今、彼女が見せた写真の女性です」


 美波ちゃんもいきどおった口調で畳みかけた。


「そうです。事情聴取を受けているのは私のお姉ちゃんです!」


   ◆◆◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る