♂歯科助手ですが探偵も始めました

THEO(セオ)

第一章

『0、妹が俺を好き過ぎる』


「お兄ちゃん、だぁい好きっ!!」


 よくある話だが、五歳年下の妹、芽衣めい物心ものごころついた頃から、じつの兄であるおれが大好きだった。


「おっきくなったら、お兄ちゃんのおよめさんになるの」


 どこへ行くにも俺のあとをついて来て、小学校六年生になった頃の俺は、妹のあまりのしつこさに辟易へきえきしていた。芽衣が幼稚園ようちえんの頃はまだまとわりつきは、さほどではなかったが、俺が通っていた小学校に自分も上がるやいなや、休み時間に校庭でサッカーをする時も、放課後にみんなと公園でゲームをする時も、近所の図書館に本を借りに行く時も、べったりと俺に引っ付いて歩いて、正直、友達みんなの顰蹙ひんしゅくを買っていた。


 お決まりの「妹なんか連れて来るなよ。足手まといじゃん」という文句もんくを言われ、俺はちょっと友達のから浮き始めていた。


 イライラして芽衣に当たってしまったこともある。


「なんでそんなにべったり付いて来るんだよ?」


「お兄ちゃんにカノジョができたら困るから見張みはってるの」


「はあ? だから、なんで?」


「おとなになって、お兄ちゃんのお嫁さんになるのは芽衣だもん」


 ピッキーン、と俺はキレた。


「うっざいなぁ。血のつながった兄と妹は結婚出来ないんだよっ!!」


 ショックを受けて泣き出すだろうと覚悟していたのだが、芽衣は特に表情を変えるでもなく、とおった大きなひとみに真っ青な空をうつして、おとなびた微笑びしょうを浮かべてじっと俺を見詰みつめていた。しかも、あまつさえ、


頑張がんばれば結婚できるとおもう」と言い切った。


 ショックを受けたのは俺だった。


 いや、ちょっと……何にショックを受けたのか上手うまく説明できない。ただ、とにかくショックを受けた。主に、芽衣がそんなに俺を好きだという事に……他にも色々あると思うけど、触れたくない。


 まあ、今にして思えば、小学六年の俺、可愛くて出来も良い最高の妹に、よくもあんな冷たい事が言えたものだと感心する。


 というか、なんであんなひどい事を言っちゃったのか、慙愧ざんきねんえない。


 芽衣は赤ちゃんの頃から可愛かわいかったし、幼稚園に上がると人形のような顔立かおだちがはっきりしてきて益々ますます可愛くなった。小学生にしてモデルのスカウトが殺到さっとうし、家族旅行で清里きよさと避暑ひしょに行ったさいったふりふりの白いワンピースを着て麦わら帽子ぼうしをかぶり向日葵ひまわりの花をかかえた写真などは、もはやデパートにられるポスターのような完成度の高さだ。


 芽衣は美少女だ。それも、アイドル級の。


 芽衣は順調じゅんちょうに成長していき、筋金入すじがねいりのブラコンも順調に成長していった。俺が高校受験をする頃には、さすがに「お兄ちゃんと結婚する」とは言わなくなったが、相変わらずべたべたと甘えて来て、あれこれと俺の世話せわきたがるのには若干じゃっかん困った。


 若干しか困らなくなったのは、俺もれてしまったからだ。


 五歳離れているお陰で、俺が小学六年生で芽衣が一年生だった時以外は学校が同じになることは無かったし、中学以降の俺は特に親しい友達も出来なかったので、学校にいる以外の時間を芽衣に掌握しょうあくされて束縛そくばくされていてもあまり困らなくなったというのも大きい。


 芽衣の言葉は年々変化していった。


「お兄ちゃん、だぁい好きっ!!」


「おっきくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになるの」


「お兄ちゃんにカノジョができたら嫌だなぁ」


「お兄ちゃんの世話は私がしてあげるね」


「お兄ちゃんには私が付いててあげないと」


「しっかりしてよ、お兄ちゃん」


「お兄ちゃんは芽衣がいないと何もできないんだから」


「でも、お兄ちゃん頼りにしてるよ」


「お兄ちゃん、ずっと芽衣と一緒にいてね」


「お兄ちゃん、芽衣が困ったら助けてね」


「やっぱりお兄ちゃん大好き」


 芽衣のブラコンは、俺がひきこもりになってからも変わらなかった。


   ◆◆◆

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