『5、美少女二人に連行されて』
翌日──
土曜日なので吉川歯科クリニックは休診日だった。
吉川先生に話を聞こうと言ってはみたものの、休診日に吉川先生に連絡がつくかどうか分からないではないか。もしも吉川先生が休日を
自分の計画性の無さを呪ったが、芽衣と美波ちゃんは、午前八時半には我が家のリビングで「いつでも出発できるよ」とやる気満々でスタンバイしていた。
心ではそんな事を思っていたが口に出せるわけもなく、芽衣に叩き起こされ、ゾンビのように顔を洗って歯を磨き、食欲も無いのでミネラルウォーターを飲んで誤魔化し、芽衣の用意した服を着て、半分意識が無いまま、芽衣と美波ちゃんに引き摺られるようにして家を出た。呆然としたままスマホで時刻を確認したら、信じられない事に、午前九時だった……
「お兄ちゃん、顔死んでるけど大丈夫?」
「いや、大丈夫に見えるとしたら、おまえが大丈夫じゃない」
「あ、なんか大丈夫そうだね」
軽くいなされ、俺は
きっと吉川先生は居ないだろうと思っていたら、なぜかクリニックの玄関先に吉川先生が困った様子で立っている姿が見えた。
まあ、それはどうでもいいとして、気になったのは、もう一人だ。
誰だか分からない黒いパンツスーツの女性──三十歳前後に見える黒髪ショートでメイクは薄めのキリッとしたクール系美人だ──がいて、野村女史と
「なんなのよ、あんたはーっ!」
「ですから、少しお話を
「話す事なんか無いって言ってんのよっ!」
「落ち着いて、野村さん」
「とにかく
「
「野村さん、お願いだから
言いかけて、吉川先生は俺と芽衣と美波ちゃんの姿に気付いて、ハッと目を見開いた。
「真之くん……」
「あっ、ええと、お邪魔なら
◆◆◆
数分後、俺たち六人は、そろって吉川歯科クリニックのスタッフルームにいた。
外では落ち着かないでしょう、と吉川先生が言い、先生自身も、キレていた野村女史も、正体不明の黒いパンツスーツの女性も、俺と芽衣と美波ちゃんも、こぞってクリニックの中に入ったのだ。
野村女史は
吉川先生と野村女史、正体不明の黒いパンツスーツの女性は四人掛けのダイニングテーブルに対峙して座り、俺と芽衣と美波ちゃんは、その横に、おまけのように突っ立っていた。
「野村さん、とりあえず警察でお話だけでもしてきたら?」
「嫌ですよ。任意同行って逮捕でしょう?」
「逮捕ではありません。あくまでも、任意での情報
「嘘よ。ドラマを見て知ってるんだから。任意同行って自白をさせる為にするんでしょう。私は犯人じゃないから、絶対に行きませんっ!」
あっ、なるほど、話が見えた。
この見知らぬパンツスーツの女性は
ちなみに、捜査一課は殺人事件などの
意識して見ると、確かに彼女のジャケットの衿にはドラマで見た事のある金色のバッジが
「野村さん、あなたは
「だから何だって言うの? 確かに、私は、先週の金曜、出水さんに自宅まで送ってもらったわよ。でも事件とはなんの関係も無いわよっ! 出水さんが亡くなって私がどれだけ悲しんでいるのか、あんたには分からないのっ?」
「……どうしても任意では署に来て頂けませんか?」
ズシリ──と、重力さえ感じさせる
数秒、場が静まり返る。
「あの……どうしても必要なら、私が説得して彼女に協力させます……」
吉川先生が
「先生、そんなこと言わないでください。私は出水さんを殺してなんかいません」
「大丈夫よ、野村さん、分かってるから……」
とんだ
しかし、意外だ。
とにかく野村女史は任意では警察の事情聴取には応じないと言い張り、任意での事情聴取は逮捕ではなく、あくまでも捜査に協力して欲しいのだと女性刑事は説得しようとし、野村女史が泣き喚き、何度も同じ内容のやり取りを繰り返した挙句、とうとう女性刑事が折れた。
「分かりました。あくまでも『今の時点では』捜査に協力して頂けないという事ですね。こちらの状況が
「君たちも、何か知っている事や気付いた事があったら、ここに連絡してちょうだい」
帰りしな、女性刑事は俺に
なんだか奇妙な気分になりながらももらった名刺を
『神奈川県警捜査一課
とクッキリした文字で記されていた。おそらく神奈川県警捜査一課の固定電話の番号と、メールアドレスと、090から始まる携帯
一瞬ぼんやりしてしまったが、芽衣にシャツの
剣崎刑事はクリニックから駅に向かう道の途中でカバンからスマホを取り出し、どこかに通話の発信をしたようで、立ち止まって話を始めた。
俺と芽衣と美波ちゃんは
少しの
「確かに
冤罪──?
あの人、今、凪砂さんは冤罪かもしれないと言ったのか?
剣崎刑事の言葉を聞いた美波ちゃんは、声を出さずに歓喜した。
しかし、剣崎刑事の通話の相手は彼女の考えには反対のようで、剣崎刑事は目に見えて不機嫌になり、感情を押し殺した声で「分かりました。すぐに次の参考人のとこへ向かいます」と
その人物は、凪砂さんの無実を証明したい俺たちに取っても、重要な手がかりをくれるかも知れない
女性刑事の
「やっぱりお姉ちゃんは犯人じゃない! 無実の罪は晴らさないと!」
◆◆◆
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