第17話 魔王、退ける

 マリーと聖女が出て行った後の応接室で、魔王と賢者が差し向かいで話し合う。


「先日、マリーが1つだけ思い出したことがあると話したのを覚えておるか?」

「はい」

「燃える花畑の炎の中に人影が見えると申しておった。心当たりは?」

 いつ、どこでの出来事なのか、賢者には瞬時に浮かんでいた。だがそれは答えない。

「いえ、思い当たる節はございません」

「一瞬だが表情が変わったの。まだまだだな。我の想像だが、あの娘が初めて誰かを殺めた時ではないか?それが人間か魔族かはわからぬが」

 賢者は何も答えなかった。


 魔王はここで話を変える。

「人間界の勇者はこの世にただ1人で、当代の勇者が死ねば紋は新たな勇者へ移ると聞いたが?」

「まぁ、そうらしいという話は私も聞いておりますが」

 あいまいに答える賢者。


「では単刀直入に問おう。そなた達が求めているのは勇者か?それともあの娘か?」

「どちらも同じではありませんか?」

 魔王は真っ直ぐに賢者を見据える。

「いや、違う。マリーという娘はこの世でただ1人。だが勇者は当代が死すればまた新たに生まれる。あの娘が勇者として使いものにならぬのなら、人間どもは新たな勇者を求めるだろう。そのためにはあの娘を亡き者にすればよい。実に簡単な話だ。違うか?」

 賢者はまたしても何も答えることが出来なかった。


「やはりお前にマリーは渡せんな。連れの女は後ほど送りつける故、お前は早う去ね!」

 ソファーに座っていた賢者は一瞬で消え、魔王はため息をついた。

 マリーの影を通じて聖女との会話に耳を傾ける。

「さて、女の方はどう出るかの?」



 マリーは花の名前や特徴を説明しながら聖女とともに庭を歩く。

 庭の一番奥の方にまで来たところで聖女が不意に問いかける。

「ねぇ、貴女は今は幸せかしら?」

「えっと、幸せというのがどんなものなのかよくわからないですけど、今は毎日がとても楽しいですよ」

 マリーはニッコリ笑って答えた。

「そう、それならよかったわ」

 逆に聖女はさびしげな微笑を浮かべていた。


 応接室に戻ると、そこに賢者はいなかった。

「これは…どういうことなのでしょうか?」

 聖女が少しあせった表情で魔王に尋ねる。

「あの男は先に帰した。我の求める答えを返せなかったのでな。今頃はすでに人間界の街に戻っておるであろう」


 魔王は立ち上がってマリーの前にしゃがみ、目線を合わせる。

「マリー、今日来た人間達はそなたを人間界に連れ帰りたいと申しておる。そなたはどうしたいかの?」

 少し考えて首を左右に振るマリー。

「せっかくここでの暮らしに慣れてきたのに、また知らない所へ行って知らない人達と一緒に過ごすのはなんだか怖いです…」

 魔王はマリーの頭をなでてから立ち上がった。

「男の方はお前を渡すにはふさわしくないと我が判断した。女の方もマリーの影を通じて会話を聞いた限りでは合格とはいかぬが、不合格にするほどでもない。今後、マリーの記憶が戻った時のことも考えて連絡を取るくらいは許すとしよう」

 聖女の方に向き直る魔王。

「さて女の客人、そなたもそろそろ帰られよ。詳しくは戻って男の客人から聞くとよい」

 聖女の姿も応接室から消えた。

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