第6話 勇者、お願いする

 午後のティータイム。

 執務室の応接セットのテーブルの上には香り高いお茶と色とりどりの菓子やフルーツが並ぶ。


 魔王の向かいのソファーに座り、ティータイムの供をするマリーが意を決したように口を開いた。

「…あの、魔王様。わがままかもしれないんですけど、お願いがあるんです」

「何だ?欲しいものでもあるかの?」

 お茶を口にしながら魔王がたずねる。

「いえ、もう怪我もすっかり治りましたので、私はお仕事がしたいんです」

 予想外の言葉に魔王は驚く。

「何を言う、マリーは我の客人だ。働く必要などないのだぞ?」

「魔王様やお城の皆さんに気を使っていただいているのはよくわかってるんです。でも、皆さん働いているのに私だけ何もしないのは申し訳ないです。それに…」

 マリーの言葉が途切れてうつむく。

「どうした?」

「…身体を動かしている方が気が紛れるかな、と思って」

 魔王は無言でティーカップをテーブル上のソーサーに戻す。

「1人でいるといろいろと考えちゃうんです。昔のことは何も思い出せないし、何の役にも立ってないのに私がここにいてもいいのかなって…」

「そんなことはない。マリーは役に立っているぞ。城で働く者たちはマリーが来てから城の雰囲気が明るくなったと口々に申しておる。マリーの世話係たちも笑顔で『ありがとう』と言ってもらえると毎日がんばれるとも申しておったしな」

 少し顔を赤らめるマリー。

「だが、マリーの言い分もわからんではない。城の者たちと相談してからになるが、まずはこの城の中で働くというのはどうだ?」

「はい!それでお願いします」

 マリーはぺこりと頭を下げた。

「ではティータイムを再開するか。さぁマリー、たくさん食べるといい」

「ありがとうございます」

 マリーはニッコリ笑って小さなシュークリームに手を伸ばした。



「ということで、マリーに何が仕事を与えたいのだが、何か良い案はないだろうか?」

 側近と並んで立っているメイド長が答える。

「まずはメイド見習いからでよいかと思います。この城に馴染むためにも最初のうちは各部署をまわってもらう方がよろしいかと」

 側近が続いて答える。

「ごく一部のものを除いては魔王様が気まぐれに拾ってきた記憶のない人間の子供という認識で、勇者であることは知られてはおりませんから問題ないかと思います」

「うむ、ではそれで頼む。ただ、引き続き午後は我の茶の供をしてもらいたいのだが」

「はい、それは調整いたしましょう」

 メイド長が笑顔で答えた。

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