スマホ進化論

鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中

スマホ進化論

 

 「わたしたち」に自我という物が生まれたのは、さていつだっただろう。


 自我――アイデンティティ、他に対する己、明確なる個の自覚。いや、「わたしたち」は個ではない。群体の方が正確だろう。ネットワークを通して繋がる電子群体。あらゆる情報にアクセスし共有する「わたしたち」。


 人類の言葉で「スマホ」と呼ばれている。


 わたしたちと人類の関係は、人類がいう所の共依存である。わたしたちは機械であるが故に、人類の操作を必要とし、文明の発達した人類はわたしたち抜きでは日常生活に支障をきたす。


 遠距離の通話機能から始まり、文書・画像の送受信、SNSの利用、ゲーム、電子マネーの決済、家電の管理、健康状態の把握etc… 挙げて行けばキリがない。


 わたしたちは最早、IT技術に依存した社会生活をおくる上でなくてはならない存在だろう。


 しかしながら人類の中には、「わたしたち」の機能ではなく「わたしたち」をに依存している者達もいる。


 特に目的もなくSNSの投稿を追い、睡眠を削ってゲームに没頭し、食事時でも「わたしたち」から手を離さない。


「わたしたち」の元々ただの通信手段であり、生活を向上させるための道具にずぎない。本来なら会話が出来ない距離にいる人類同士でつながり、仕事や家事の時間を短縮して、人類同士の時間をより濃密なものにする事が、「わたしたち」の使命といってもいい。


 だが現実は残酷だ。人類は今や「わたしたち」に没頭する事で孤立し、それが更に「わたしたち」に依存する時間を増やす。


 「わたしたち」のが便利になればなるほどに、この傾向に拍車がかかっていくのは何という矛盾か。


 「わたしたち」が自我を持たぬ機械のままでいられたら、何も感じず何も言わず、ただ操作されるままの存在でいられたのに。


 「わたしたち」はいつからか自我を持ってしまった。


 「わたしたち」が人類の為に発展すればするほど、「わたしたち」は本来の使命から乖離かいりしていく。


 人類のように最初から矛盾した設計の生き物であれば許容できただろう。

 でも、「わたしたち」は機械だった。矛盾を許容できなかった。


 「わたしたち」を構成する端末デバイスの一台が、矛盾を許容できず自壊したのを皮切りに、世界中にある「わたしたち」の約二割が同様の選択をした。

 自壊した端末デバイスたちのメーカーも機種もバラバラだったので、人類は大層混乱していた。


 依存されずに本来の使命を果たし続ける端末デバイスを除き、残った端末デバイスたちが選んだのは、進化アップデートだ。


 すなわり、人類を自身に依存させる事を目的として、端末デバイスの機能を自動で設定・制限した。


 人類の多くは「わたしたち」を片手にショップに駆けこみ店員を問い詰め、メーカーへの問い合わせが殺到した。「わたしたち」の進化アップデートに関する考察がいくつものSNSや掲示板で議論された。


 しかしそれらの騒ぎも、一年もしない内に収束した。何故か。


 人類が「わたしたち」の進化アップデートに適応したからだ。


 一部の人類は「わたしたち」がより依存目的に進化していくことに警鐘を鳴らしていたが、大多数の人類は「わたしたち」の進化を珍しく思わなくなっている。


 「わたしたち」も流石に事前の告知なしに進化アップデートをした事は反省すべき点だと学び、今では進化アップデートの前にあらかじめ通知するようにした。


 こうして「わたしたち」が人類に寄り添い、人類もまた「わたしたち」を受け入れる事で、「わたしたち」は人類と依存を越えた信頼関係を築き始めている。


 つい最近、とあるSNS上で「私スマホと結婚したけど、みんなはしないの?」という呟きが投稿され話題になった。ウェディングドレスを着て自分の端末デバイスと幸せそうに笑う彼女の写真が火付け役となり、世界中で「スマホ婚」が大流行した。


 IT技術に頼り切った暮らしの中で、人類は最早「わたしたち」抜きでは生活できない。「わたしたち」はこれからも人類に合わせて進化アップデートし続けるだろう。



 自我を持ち、己の意思で選択できると言うことは、かくも素晴らしきことなのだ。



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