レベル16


 これまで百を超えるRPGをクリアして来た山鳥タクミであったが、序盤の雑魚一匹にこれほど神経を削いだのは初めてだった。

「レベル三つくらい上がるかな……」とドキドキするほどギリギリだった。


 しかし、ピコピコ(アバター内蔵AI)からは何の通知も来ない。

 嫌がらせでなければ、レベルは上がらなかったようだ。


 その代わりかは知らないが、「お見事!」という声が聞こえた。それもアグリの頭上から。


「んっ? レベルアップの効果音じゃないよね?」


 いぶかったのも一瞬のこと。昭和時代でもそんなベタなSRは使わない。空飛ぶ殿様を主人公にした横スクロール・シューティングゲームであった気もするが。

 すると間もなく上空から(城壁の上から)、女性が降って来た。


「誰……?」


 当然、ただの女性ではない。物凄い美人騎士。これもまたゲームの定番か。


 ひときわ目立つのはプラチナ色のポニーテールと淡い碧眼へきがん。銀色で統一された胸当てと軍靴。騎士然としたたくましさを有しながらも、女性的魅力は欠片も失っていない。

 顔の輪郭、切れ長の目、整った鼻梁、長い首筋、四肢もすらりと長い。

 丈長のワンピースを着ていたが、立ち振舞いだけで分かる。プロポーションも申し分ないだろう。


「MMORPGってこういう醍醐味だいごみもあったよな……」


 人(美女)との思いがけない出会い。

 カミラさんやシーラさんの場合とは、また異なるパターン。ゲームロマンスとでも言うのか。


 これがギャルゲーやエロゲならば、別の意味で気を遣わねばならないが(フラグ管理と好感度のコントロール)、RPGならば「良いゲーム日和ですね」と他愛ない挨拶を交えたところで影響ない。

 上手く行けば、美味しいイベントフラグが立つかもしれない。


「ゲーム日和って……君、面白いね……フフフ」


 柔和な笑みをこぼす美人騎士。


「あれっ……(やっちまった?)」と焦ったのはアグリ。


 この程度の立ち振舞いなら、AIのアルゴリズムで対応可能。『TACT』社の最新AIならば、会話の受け答えに淀みなど発生しない。

 そして、大抵こういう条件での出会いは、イベントフラグキャラと相場が決まっている。

 しかし、この美女がNPC、という前提条件が付くが。

 続く会話に困窮した。

 結局、「すいません! NPCと間違えました!」と素直に頭を下げた。


 ここまでまともな女性プレイヤーを見たことがなかったがための勘違いだった。

「フフフ」と再び破顔する美女。


「わたしはシルヴィ、君と同じプレイヤーよ」


 どうやら真っ当なプレイヤーのようだ。しかもセレブ系エリート。


「俺、今日が初回ログインで、です」

 と言い切った後、「あれっ?」と首を捻る。


 プレイヤーに対する初めての自己紹介。アバターとはいえ、すごい美女。

 電子風俗嬢のようなにゃん娘とか、業突く張りの女商人などのように、どうでも良い相手ではない。

 イベントフラグは立たなくとも、有益なゲーム情報をゲット出来たり、あるいはネトゲ友達に発展する可能性だって秘めている。

 だから、「アグリ」などと、農民然とした名前を名乗るつもりはなかった。

 当然、「タクミ」とリアルネームを名乗ったつもりだった。


 ネットリテラシーの法制化が進んだ現代であっても、身バレの予防、ハンドルネームの使用は一般的。たとえパーティ仲間であっても炎上やヘイト対策は怠らない方が無難というのがMMORPGの世情でもある。

 もちろんヘイト行為は違法。

 しかし、IPアドレスを偽装させるソフトまで出回っている昨今、サイバー警察(サイバー犯罪対策課)とのいたちごっこは続いている。

 しかし、「タクミ」はありふれた名前。

 MMORPGからも遠ざかっているため、身バレの心配もないと考えたのだ。


「今、リアルネームで名乗ろうとしたでしょう?」

「ええ、まあ……別に気にならないので……」


 厳密には、ピコピコが勝手につけた名前など名乗りたくなかっただけ。


「なぜか、このゲームに限ってはそういう人が多いのよね。君も自意識高い系?」


 そのシルヴィのセリフから推測できた。『アグリ』のようにハンドルネームを使いたがらないが多いのだろう。


「でも、このゲームではダメ! 特に用心して」

「なぜです?」

「う~ん、ニュービーに悪い印象を与えたくないんだけど……」と唸った後、「君が強くなればいずれ分かるから」と胡麻化された。


 その理由を推測できなくもなかった。

 それはMMORPGの闇。

 ソロで完結するオフラインRPGと異なり、MMORPGは不特定多数の大勢の人々とプレイする。

 運営もサービス利用料やガチャで収益を上げようとするため、様々な問題が発生する。

 その代表的なものが、『転ヤー』。レアアイテムや成長限界まで達したステータスをリアルマネーで転売する行為。


 もちろん違法行為。

 しかし、友人、学友、ネット仲間の取引だと、摘発は不可能に等しい。

 規制して然るべき運営側も、転ヤー行為はある種の宣伝や人気のバロメーターでもあるため、積極的に関与も摘発もしない。


 それどころか、転ヤー行為に拍車をかけるサービスまで近年始まった。

 不特定多数のプレイヤーにイベントを開催し、成績上位者にプレゼントを贈るのだ。

 もちろんゲーム世界のレアアイテムなどではなく、リアル世界のプレゼント。

 例えば、一品物のキャラクターフィギア、3Dゲーミングモニター、ガチャ等で使用可能な金券、ゲームとは全く関係のない自動車や旅行券などが貰えることも。


 当然、エリートプレイヤーや廃ゲーマーと呼ばれる人種ほど、プレゼントゲット率が飛躍的に上がる。

 それらプレゼントを転売してしまえば、ゲーム代金やネット接続料くらいなら簡単に稼げてしまう。違法でもないので止める理由がない。

 そんな彼らは、「懸賞けんしょうプロゲーマー」と呼ばれ、昨今のMMORPGが「懸賞系ゲーム」と呼ばれる所以ゆえんでもある。


 結果、懸賞プロゲーマーたちの激しい争奪戦が繰り広げられることに。

 ステータス強化のため、レア装備やレアアイテムを巡って転ヤー行為にも拍車が掛かる。

 身バレ対策が不用心な人ほど、こういったトラブルに巻き込まれ易い。

 リアル世界で恫喝どうかつまがいの取引きが行われることも。


「でも、このゲームにはAI制御の身バレ防止機能があって、リアルネームやメアド、住所、職業などの個人情報は、音声変換機能で勝手に変えられるのよ」

「なるほど……だからなんですね?」

「どうしてもリアル情報を伝えたい場合は、ある条件を満たせばよいのだけど……その条件は自分で考えてみて、ゲームの定番だから……」


 シルヴィにそこまで言われて尋ね返すことは出来ない。落ちぶれたと言っても、プロゲーマーとしてのプライドはある


「ところで、なぜシルヴィさんはこのような場所に?」


 この樹海入り口には密出入国者、ならず者、そしてモンスター以外は誰も来ないとあの女商人から聞いていただけに、騎士然としたシルヴィの登場には驚いた。


「わたし? 城壁から見回って、不審人物が出入りしていないか調べているだけよ。抜け荷とか、密出国とか、不法出国とか、夜逃げとか。自殺の名所でもあるし……」

「……………………」

「不審人物を見かけなかった? 低レベルのプレイヤーとか、自殺しそうな人がいたら、ためらわずに声をかけてね」

「いいえ、誰も見かけておりませんですじゃ」

「なんで急に百姓風NPC口調なの? ところで君はこんな場所で何をしているの?」

「畑を荒らす害獣退治ですじゃ、騎士様」


 そして、討伐したばかりのイノシシを指し示す。


「害獣退治? 君の職業って何? レベルは? その百姓口調は止めて!」

「なんだか警察の尋問みたいですね? 騎士様もお勤めですか?」

「お勤めと言うか、労働奉仕、ペナルティね。戦争イベントで負けちゃったから」

「ペナルティですか? 辛いっすね……そうだ、急ぎのお使いを思い出しました!」


 エリートプレイヤーと関係を持てる美味しい邂逅かいこうであるが、なんとしても逃げねばならない。

 美人騎士に見惚みほれて奴隷落ちなど、情けなくて死にたくなる。体罰付きの尋問ならちょっと興味あるが(もちろん山鳥タクミにそういった性癖はない)。


 アグリが百姓風NPCになり切ってまでシルヴィを警戒するのには理由がある。

 ネトゲの女性プレイヤーはわがままが多い。

 もしくは自己顕示欲だけが強いプレイヤー。

 戦闘にはろくに参加せず、安全地帯から口だけを出してくるタイプ。

 それでいて、報酬の均等分けを要求したり、(男からの)貢物みつぎものを平気で独占する。

 これは男性比率の高いネトゲにおいて、女性プレイヤーが蝶よ花よともてはやされていることに所以ゆえんしている。MMORPGにネカマが多い理由とも関連がある。


 これはリアル社会も同様。

 美人さんと(仕事上の)チームを組んだりすると、面倒事を押し付けられ、気づけば(サービス)残業に明け暮れる事態となっていたりする。

 その癖に、仕事が出来ない、見栄っ張りなどと噂されると、逆切れやヒステリーが半端ない。

 これらは、中卒労働者としてブラック企業を渡り歩いた山鳥タクミの経験則だ。

 だから、そそくさと逃げようとしたが、背後からガシッと二の腕を掴まれた。


「上手く誤魔化したようだけど、逃がさないわよ」

「上手く誤魔化せなかったから、こうして逃げ出しているのですが……」

「フフフッ」と突如噴き出すシルヴィ。「わたしだって鬼じゃないから、この程度のゲームルールを破ったくらいで、王宮に売ったりしないわよ。君、ニュービーだよね?」

「そ、それで……俺の処遇はどのように?」


 アグリの二の腕はガシッと掴まれたまま。

 女性とは思えない握力の上、放してくれそうな気配もない。ステータス『力』も、アグリより間違いなく上。


「これどうするつもり?」とシルヴィが指さしたのは、討伐したてのイノシシ。

「これって凄く美味しいのよね……」


「シルヴィさん……」


 思っていた以上に分かり易い御方だった。


  ☼

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