スマホが憎い

2121

第1話

高校二年生にもなれば、部活の連絡が取れないくてかなりキツいので、スマートフォンを買ってもらえませんか。

そう母親に打診したのが一週間前。意外にも「いいんじゃない?」と二つ返事で許可が出て、携帯電話ショップに行き手続きを済ませて、本日初めてのスマホが手元にやってきた。スマホのせいでお小遣いは減額、動画やゲームは家のWi-Fiを使うこと、といくつか制約は出されたものの、普段は友達とのやりとりが中心なので基本的に使う分には特に問題はない。

すごい。スマホだ。

私の、スマホ。

背筋が伸びるような感覚。

一歩先にやってきたような、優越感がある。

憧れたものが、ついに手元にやってきた。

事前に友達に聞いていたLINEのIDを入力し、「友だち」の欄を増やしていく。気付いた友達や部活の先輩が、部活のグループやいつものメンバーグループに招待してくれるのを申請が来次第追加していく。やってみたかったアプリやゲームも入れて、DLを待っている間にソファが沈む。隣に座ったのはお母さんだった。

「お母さんの連絡先も入ーれて」

「はーあい」

お母さんのメールアドレスと電話番号を登録し、お父さんのも登録する。

「夜ご飯何がいい?」

「カレー」

「そう言うと思ったわ」

テーブルにスマホを置いて、台所へと行く。ニンジンの皮を剥き始めたみたいで、どうやら私の希望は通ったらしい。

電話帳の登録数は二件。なんだか物足りないな、と思ってもう一人の家族を思い浮かべた。

「ねぇ、お兄ちゃんの連絡先教えて」

「勝手にスマホ見ていいから、適当に抜いて。暗証番号は0319」

「おっけー……って結婚記念日じゃん!?」

「そう、三月十九日。覚えやすくていいでしょう」

お母さんのスマホの『お兄ちゃん』と登録してある電話帳の情報を私のスマホに登録していく。私はなんて登録しているんだろうと思ってみたら、『りーちゃん』と登録されていた。お兄ちゃんはいつだって『お兄ちゃん』。私くらいはお兄ちゃんを名前で登録しようと、名前を入力していく。

じゃがいもを剥き始めた母の横に立ち「こっち向いて」と言う。

「お兄ちゃんに写真送ろう!」

ピーラーを持ったままのお母さんと私でツーショットを撮る。大学生の兄は少し前から一人暮らしを始めたのだ。スマホを買ったことを自慢してやろう。







『スマホ買った!!』

『よろしくね』とウサギが大声で叫んでいるようなスタンプと共に、妹と母親のツーショット写真が送られてくる。

今日はどうやったらカレーらしい。ニンジンとジャガイモが写っているし、画面の端にカレールーが置かれていた。

はーと深く、ため息を吐く。

別に、今日のメニューがカレーだからため息を吐いたわけじゃない。妹がスマートフォンを所有した、そのことについて。

母親も、勝手に俺の連絡先を教えるんじゃない。家族だから伝わるのは仕方がないことかもしれないけれど、許可を出した覚えはない。

『これからはすぐに連絡できるね!!急に一人暮らしするって聞いてびっくりしたから、よかった』

よくない。

全然よくない!

せっかく離れたのに、なんでスマホなんて買うんだよ。

俺は実家を離れて県外の高校の丸三年間を過ごしていた。最初の年は正月だけは帰っていたけれど、次の二年間は友達と過ごすことが楽しくて帰っていなかった。今となっては親不孝者かもしれないとも思うが、当時は親に縛られたくなかった思いが強かった。

大学は地元の大学にした。高校三年生の卒業式後、久しぶりに実家に帰ってゆっくりしようと思っていた。

家の扉を開ける。そこには制服姿の可愛い女の子がいて、誰だ? と一瞬混乱した。玄関でまだ靴も脱げないままでいる俺に、スリッパのまま抱きついたその子は「おかえりー!」と元気に言った。その声にやっと俺は自分の三歳年下の妹であることに気付く。長い黒髪を見下ろしながら混乱したままの俺は昔していたように頭を撫でるけれど、少し手が震えた。嬉しそうに見上げた妹の顔に心臓が跳ねた。

恋なんて、気付いたときにはもう落ちているものなのだ。

いや、けどおかしいだろう、妹になんて。

元々ずっとやっていたサッカーの推薦で入った高校だったから、今までサッカーに明け暮れていた。男子校だったし、田舎だったから友達同士で恋愛の話をしても現実では何も無かった。

だから、余計にこの昔から変わらない距離感で少し大人びた妹が俺の陣地に入ってきたから、あんな錯覚をしてしまったに違いない。

それからは徹底的に妹を避け続けて、大学に入って引き続きサッカーに明け暮れ、空いた時間はアルバイトをしてお金を貯めて親を説得し、晴れて家を出て一人暮らしを始めたというところだった。

で、妹からのスマホを買ったという連絡だ。

妹は正直にいって俺にかなり懐いている。懐いているから、きっと数日おきに連絡を寄越してくることだろう。

悩みがなくなると思った矢先にこれだ。

便利なスマートフォンも、今はあまりに憎い。

『カレー美味そう』

そう素っ気なく返して、俺はまだ新品の机に突っ伏した。



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