第31話 ゆるせない。
本屋に騙された。
『んー。どんな本が好きかよくわからないけど、魔導士さんが好きそうなのだったらこのへんかな?』
ちょっと時間ができたので。時間を忘れてのめりこめるような本が欲しい。
と、行きつけの本屋で相談したら色々すすめられたので、それならばと全部買ってきてしまったのだが。
(あれも悲恋。これも悲恋。……なんで!? 僕は悲恋好みに見えるのか……!?)
納得がいかない。
確かに、新人の店員さんだった。こちらの好みは把握していないだろうし、ラナンもどういう本を薦めてもらえるかは興味があったので、ほいほい聞いてしまったのだが。
「えーと……、あとは『世界の真ん中で愛を叫ぶ』と『君の内臓が食べたい』……。嫌な予感しかしないんだけど、まさかこれも悲恋なんてことないよな……っ」
ぐすっと鼻をすすり上げる。小卓に置いてあったハンカチはすでに涙を重く吸い込んで使いものにならない状態だった。
次も悲恋ものだったら、もうタオルでも用意しておかないと涙を拭ききれない。
そう思った直後に、
「ああああもうっ!!」
闇雲に叫んで、立ち上がった。
「僕は馬鹿なのか!? 馬鹿かもしれない。素直に『涙がかわく暇もない』なんて思っていたけど、そもそも読まなきゃいいだけじゃないのか……!? 一晩に読んでいい量じゃないだろ。悲恋の閾値越えだよ!!」
積み上げた本を睨みつけて、思わず心情をぶちまけてしまった。
とはいえ、久しぶりに一人だけの時間。聞いている者も答える者も誰もいない。
一息ついたら、しん、という静寂が骨身にしみてこたえた。
(落ち着こう)
まさかの悲恋責めで気持ちが落ち込み過ぎて逆に弾けてしまったが、落ち着こう。奇行だ。これは間違いなく奇行だ。本と会話している場合じゃない。いや、新人書店員に対する愚痴でもあったのだが、好みをきちんと伝えなかった自分が悪い。悲恋ものは特に苦手なのだと、なぜ言わなかったのか。
呼吸を整えながらソファに座る。
小卓に積んでいた本を手にする。
「君の内臓……。内臓だよ。これはイケるんじゃないか。スプラッタは嫌いじゃない。パニックもホラーも好きだ。逃げ惑うあの感じとか。『もしラナンが登場人物だったら、一番最初で死ぬモブじゃない限り、結構後まで生き残りそうな顔しているよね』って言われるし」
かつてホラー本を貸し借りした友人の言葉を思い出して、一人頷く。
ついでに。
――俺が一緒だったら、生存率百パーセントな。自分の命よりお前のこと大切にするから。
そういえば、ヴァレリーはそんなことを言っていたような気がする。
(さすが、護衛の中の護衛だよな。職業上の秘密だろうから詳しい話は聞かないし教えてもらっていないけど、かなり際どい仕事も請け負っていたんだろうし)
ヴァレリーは、いつも一歩ひいたようなところがあって、鼻に着く自信家ではないけれど、自分自身をよく知っている言動をする。
彼より強いひとは、あまりいないはずなのだ。魔導士として。
(今は魔物との戦いも一段落しているし、あっても小競り合い程度。あのレベルの魔法剣士が駆り出されるような事態はなかなか無い、けど……)
もし世界のどこかで、魔王が復活したら、間違いなく声がかかる。
それというのも、ラナンとヴァレリーの古巣である魔導士工房は、先の大戦を戦い抜いた高名な魔導士を輩出している。
魔王との決戦で命を落としたその魔導士はラナンの叔父であり、血縁であるラナンに対して期待をする者も多かった。
だが、工房の長にして母である魔導士が、頑として譲らず、ラナンを攻撃系の魔導士に育てなかった。
当然のごとく、周囲との軋轢が生じた。
しかし兄弟子であるヴァレリーが頭角を現したことにより、なんとなくうやむやにされた。
とはいえ、そのことによってラナンはラナンで「才能がない」と陰口をたたかれることもあり、誰も悪くないと知りつつも、気まずさからヴァレリーとの仲が疎遠になった時期もある。
いつの間にか、ヴァレリーから歩み寄ってきてくれているけれど。
(ヴァレリーは、本当に魔法剣士の道に進みたかったんだろうか。僕のように、市井で安穏と暮らす生き方を奪ってしまった。今は楽隠居みたいな生活をしているし、僕との関係も良好に保ってくれているけれど……。僕はいつもヴァレリーに犠牲を強いているんじゃないだろうか)
ときどき、ふと考え込んでしまう。
せめて誰か、ヴァレリーのそばにいてくれればいいのに。
早く好きなひとを見つけて、幸せそうな家庭でも築いてくれれば安心できるのに。
(ロザリアとはほんとの親子みたいだけどさ……。そのくらいの年齢の子どもがいても不思議じゃないんだぞ。共同生活しているとはいえ、自由な時間はあるんだし。言い寄ってくる相手だっているんだろうし、もっとデートくらいすればいいのに)
ヴァレリーが遊び歩かないから、ジュリアが安心しきって外遊びを覚えて家に寄り付かなくなってしまったのだ。
ラナンとも行動を別にするから、ロザリアも店番するヴァレリーにくっついてひきこもりがちになってしまったし。
現状が良いのか、悪いのか。判断つかないのでそのままにしているが、ひとたび何かあれば、この関係はきっと大きく崩れてしまう。
何か。
聞かれたく無さそうだから聞いていないが、ジュリアとロザリアには秘密がある。
そしてそれは、ジュリアの卓越した戦闘力を必要とするような内容であり、ヴァレリーレベルの人間がいて初めて安心できるようなことなのだ。どう贔屓目に見ても、穏やかな案件ではない。
「そろそろ聞かないとな……」
どこから来たのか。その強さにはどういった意味があるのか。
ロザリアを護衛する為であるとして、一体何から守る必要があるのか。
いつまで警戒を続けるのか。どうなれば、解決なのか。
ずっと一緒にいられるのか。
それとも、どこかへ行ってしまうつもりなのか。
どうしても聞けていない。おそらく、ジュリア以上に自分がそれを言葉にしてしまうことを恐れている……。
「いけない。悲恋もの読みたくなさに余計なこと考えちゃった。今日はそういうのやめようって思っていたのに」
小卓に置いてあるワインも結局手を付けていない。
そんなに集中して読んだのが悲恋ものというのが納得いかない。
(「内臓」に希望を託すとして、そろそろ何か食べようかな……)
読むのは早い方だし、悲恋ものときいて警戒しながら目をすべらせるようにして読んだせいか、まださほど時間は過ぎていない。それでも二時間程度は過ぎている。
二人がいつ帰ってくるかわからないが、食べて飲んで仕切り直そう。
そう思って立ち上がったとき。
家の周りに張り巡らせている魔法の防犯システムに、何かがひっかった。
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