うつろうことば

眞壁 暁大

第1話

「昔はさ」

「うん?」

「それもスマホって言ってたの知ってる?」


 休憩中に端末を弄っていた俺に同僚が話しかけてきた。

 端末を閉じて俺は応じる。


「これがか?」

「そう」


 四つ折りにして胸に収めかけた端末を俺はしげしげと眺める。


「どの辺が「すまほ」なんだろうな」

「いや、それスマホじゃねえからな」


 茶を淹れて戻ってきた別の同僚が話題にのってきた。


「スマホってのはもっとこう……なぁ、増強剤の薬入れ持ってるか」

「これか?」


 最初の同僚が差し出してきたのは掌に握りこめるくらいの小さくて薄い長方形のプラスチックケース。角が丸く成形されていて、衣服のどのポケットに入れても嵩張らないくらいの塩梅の大きさと薄さだった。

 短辺の一角に切り欠きが入っていて、そこを押すとバネが外れてふたが開き、中の増強剤が出てくる簡単な仕掛けが仕込まれている。

 ちょうど今、そのボタンを押して増強剤を一粒取り出してしまおうとしていたところらしい。


「そう、それそれ」

「これが「スマホ」ってやつなのか?」

「いや、それそのまんまじゃねえよ。それの長いほうが2倍か3倍くらい、短いほうのが5割増しくらいの大きさになった奴。

 こいつが折りたたんだ端末のご先祖さんではあるけど、形は似てねえよ」

 別の同僚は、茶碗を持った手で俺を指し示しながら言った。




「ホントかよ?」

 最初に俺に話しかけてきた同僚はそれが信用できないらしい。

「大体そんな大きさなら、端末とか薬入れみたいに持ち歩けないだろ」

「持ち歩いてたんだよ、昔の人間は」

「けどためしに検索かけてみたけどイメージ出てこなかったぜ。全部今のスマホばっか」

「そりゃそうだ。容量が増えないんだから需要のないデータは残すわけないだろ。つか、お前なんでスマホじゃない「スマホ」なんて知ったんだよ」

「何だったかな……ああ、これだ」

 自分の端末を弄りながら履歴から同僚が示したのはやや玄人向けのクイズページ。

 それを見て別の同僚は納得したようにうなずいた。


「ここかあ。ちょっと回答の紐づけが中途半端なんだよな。待ってろ」

 そう言って別の同僚は胸ポケットから自身の端末を引っ張り出すと、端の方を軽くつまんでブン、と振る。

 はじけるようにして端末が広がった。

「すげえ」と、俺。

「新機種か」と、同僚。

「紙鉄砲バージョンだ。ちょっと面白いだろ」答えたのは別の同僚。


「それより、だ」

「スマホってのはこういう奴。

 ……スマートフォン。筒内アーカイブ、地上島の2007年。指し番14000台の棚を検索」

 広げたばかりの端末に命令すると、たった一件ヒットした画像が立体投射される。


「おお」

「マジで薬入れみたいな形してるんだな。それに大きい」

「筒内じゃもうここにしか残ってない。博物館アイテムでもまれな奴だな。よっぽど条件絞らないと検索にも引っかからない」

「それでか。俺はスマホでしか検索してねえわ」

「例のページも略称しか載せてないからな。クイズやってるわりに中途半端なんだよな、あそこの知識。

 スマートフォンで検索したなら少し時間かかっても根気で見つけられたかもな」

「イヤこの場合は知ってるお前がすげえ」

 二人の会話に俺が口を挟むと、新型端末を持つ同僚が照れ臭そうに笑った。

「オタクだからな。つか、そろそろ休憩終わりだぜ」

 あからさまな話題そらしだったが、その指摘は事実。俺たちは腰を上げた。



 天頂部からかすかに光が差す農場の中で、ハーネスに軽く締め上げられながら俺たちは植物の間を上下に、右に左に往来する。

 垂直の土壌壁の高さはとほうもない。

 俺はまだてっぺんまで上がったことはなかった。

 その辺はウィルス濃度が高く、俺程度の抗体では対抗できないから禁止されている。

 横列が一つ終わると、壁から生えているニンジンを収穫する手をいったん止めて、俺は薬入れから一粒、増強剤を取り出して口に放り込む。

 次の担当棚は20メートルほど上に生えているダイコンだ。変化は微々たるものだが、構造上フィルタをとりつけられないこの大農場では、ごく稀にウィルス濃度の高い気塊が滞留しているので念のため。

 増強剤を入れて呼吸機能を強くしておかないと軽い低酸素症になるというヒヤリハットの事例は、就業時にまず叩き込まれる初歩の初歩だ。


 増強剤を飲み下すか飲み下さないかのうちに、けたたましいサイレンが鳴る。

「下降気流発生! 下降気流発生!」

 作業についていたものも、そうでないものも一瞬固まり、その後せわしなく動き出す。

 俺も太ももに縛り付けていた防塵ゴーグルと防護マスクを素早く身に着ける。マスクが先だ。酸素が漏れるのも構わず、マスクが密着しないうちに給気コックを開放。   

 一瞬、舌先がしびれるような錯覚のあとに酸素が緩やかに流れ込んでくる。

 増強剤で肺機能が少し増強されていたのもあるせいか、たちまちアタマが活性化したような気分になった


 下降気流にのって、ウィルス濃度の高いおそれのある気塊がゆっくりと下りていく。

 この間俺たち作業者全員が仕事を止める。

 上の方から安全確認後に作業再開されるが、俺のいる場所まで警戒解除になるのはもうしばらく先だ。


 この有様は、どうにもスマートではないよな。


 壁面いっぱいに植わった水耕と有機土壌のハイブリッド栽培。

 LED調光による完全な成長速度のコントロールと、定時収穫の実現。

 ここまでやっているのに、最後の収穫はワイヤーで吊られた俺たちが壁にとりついてせせこましく人の手で収穫していくのだ。


 いったいどの辺がスマホ……スマート圃場なのか?


 珍しく冴えわたる頭の中で俺はぐるぐると考える。

 そんな俺の背中の後ろを、ウィルス濃度の高い気塊が、ゆっくりと音もなく下りていった。

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うつろうことば 眞壁 暁大 @afumai

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