狙われたモブ

やのつばさ

第1話

 やっぱりなぁ。こうなる事は覚悟してた。だってあいつはすごくカッコいいんだ。僕なんか相手にされるはずなんか無い、ずっと片想いだったんだから。

 

 それで良かったんだ。だけど、高校2年の時に同じクラスになっちゃって、しかも隣の席とか!嬉しすぎて泣きそうになった。


 だけど、ずっと見ているだけで良かったのにいつの間にか話をしてくれるようになってて。


 あいつは、とにかくかっこいいんだ。背は高くて脚もズバッと長くて髪の毛はサラッと風になびくし、あとは何だ?とにかく王子様なんだ。密かに思ってる僕の王子様。


 男子校の独特な雰囲気で、チワワ達が毎日あいつを見かける度にキャーキャー言ってる。


 僕はチワワみたいな可愛げは無い。


 黒髪で、身長も平均位、目は切長、ガリガリ。しかも目が悪くて分厚い黒縁メガネ。

そう、モブキャラど真ん中。


 あいつの周りは、あいつと同じくキラキラマン達や、チワワ達が取り囲んでいるから、毎日とても賑やかだし、笑い声が絶えない。


 だから、僕になんか話しかけてくれなくても良いのに、あいつは優しいから隣の席の誼で1日に数回話しかけてくれるんだ。その度に舞い上がっちゃうから、僕としては見てるだけの方が心臓に優しいんだけど。でも、すごく嬉しいんだ。


 ある日あいつは大学の話をキラキラマン達としていた。頭もいいから僕が行こうとしてる大学よりもレベルの高いところを志望しているみたいだった。そっか高校でお別れか。


 いつまでも側にいれるわけが無い、僕とあいつじゃ住む世界が違うっていう事だろうな。分かってる、高校まででこの思いはしっかり閉じ込める。


 それなのに、あいつはサラッと僕に一緒の大学に誘ったんだ。僕はとてもじゃ無いけどレベルが違うから無理だと言ったんだけど。


 そうしたら、じゃあ勉強を教えてくれるって。


 高校で諦めようと思っていたのに、大学に行っても近くに居られるかもしれない。その可能性にかけて、僕は初めてこんなに勉強をした。あいつが教えてくれるって事が、やる気が出た大きな要因だけど、猶予が伸びるかもしれないという可能性が、とても後押しした。


 三年になっても進学コースで同じクラスになれた。嬉しい。三年でも変わらず僕の勉強を見てくれた。あいつには何の得も無いのに何でだろう。王子様は迷える民を救ってくれる優しさを持ち合わせているんだろうな。


 試験当日も、あいつはさわやかに僕の緊張をほぐしてくれて、まず無理だと自分でも思っていた大学に合格できた。あいつはあっさりと僕の人生を変えてしまった。こんな偏差値の高い学校の大学生になれるなんて、モブの僕には予想外の展開になった。


 だけど、レベルの高い大学だから授業について行くのが難しい。毎日図書館で勉強したり、先生に質問しに行ったり。


 同じ大学に通って同じ講義を受けているのに、あいつと話すチャンスが全然無い。当たり前か、王子様の周りには、キラキラマンやチワワの他に甘ったるい声で喋る、おねだり女達が増えていた。


 遠くからこっそり見ようと思っても、あいつの周りには何重にも分厚い壁が立ち塞がっている。高校では隣の席の誼でしゃべれただけなんだよな。


 だから、大学に入ってあいつとの関係が無くなるなんて当たり前なんだ、そもそもあいつとの関係なんて何も無い。王子様とモブの民の関係でしか無い。


 遠くから見ることさえも叶わない、あいつと同じ大学に通ってはいるけど、キラキラな世界で生きるあいつと、モブの僕に接点なんてもう何もない。


 そしてついにキャンパス内のオープンテラスのカフェで、あいつと、おねだり女が2人きりでいる所を見てしまった。遠くからでもあいつを見つける能力に長けている僕はあいつからは間違いなく見えていないだろう。もしかして、あいつは、あのおねだり女と。


 思った通り、次の瞬間キスをした。


 やっぱり。こうなるのは分かってた。


 僕の気持ちが報われないことなんて分かってた。分かっていたけど、もう少し夢を見ていたかった。


 そんなのただの僕のわがままだ。あいつが幸せならそれでいい。


 それなのに次から次に涙が溢れて止まらない。いつの間にか僕は足を運びなれていた大学内の図書館の入り口にいた。


 トイレに行って落ち着いてから、今日の分の勉強をしよう。


 端っこの、この空間から取り残されたような暗い場所にある机が、この図書館での僕の定ポジだ。


 教科書を開いてみても、何も頭に入らない。さっきの光景が何度も頭に浮かぶ。涙がポトポト机の上に落ちる。


 覚悟はしていた、でもそれは、進む先が違うからもう追うことは出来ない、もう見かけることも出来ないと言う覚悟で、まさか彼女ができて。というのは僕の頭から都合よく抜け落ちていた。あいつなら一番あり得ることなのに、僕は自分の都合よく覚悟をしていただけだった事に今更ながら気がついた。


 うぅぅ。後から後から涙が溢れて止まらない。メガネがびちょびちょになっている。メガネを外してハンカチで拭いた。そのハンカチで目をゴシゴシ拭いた、全然止まらない。


 突然手首を掴まれた、誰か人がいるような気配なんてなかったからすごくビックリした。図書館の受付カウンターにいつもいるお洒落さんだった。

 僕、うるさかったかな?注意される?そう思っていたのに


 お洒落さんは僕の涙をお洒落さんが持っているハンカチで、優しく拭き始めた。


 受付カウンターにいつもいて、休みがないんじゃ無いかと、実は僕は少し心配していたんだけど、いつもパリッとアイロンを掛けられた、いつも違うお洒落なワイシャツと、これまた個性的だけどとても似合っているお洒落なネクタイをして、かっちりしたできる男って感じのメガネをして、いつも物静かに椅子に座っているんだ。


 たまに、場所を弁え無いでうるさく騒ぐ団体さんなんかが来たりするんだけど、なんて注意してるのかは分からないけど、お洒落さんが静かに近づいて、静かに二言三言話すと、団体さんは静かに退場して行くんだ。陰で、図書館を牛耳るすごい人なんじゃ無いかと、お洒落さんのことを僕は密かに思っている。


 注意されるんじゃなく、僕はお洒落さんに涙を拭かれてる。ハンカチからいい匂いがする。見えない所までお洒落さんなのだ。


 こんなに近くでじっくりお洒落さんの顔を見ることなんて初めてだけど、かっちりメガネの下に隠された目元は、まつ毛バサバサの切長二重だ。はぁ。羨ましい。


 なんて見つめていたら笑われた。

 お洒落さんはいつも基本無表情なんだ、前に僕が上の方の本が取れなくて背伸びしてる所を見られて代わりにスッと楽々取ってくれた時、受付カウンターの前でカードを出そうとした時に腕に抱えていたペットボトルを落として、ゴロゴロ転がるのを慌てて追いかけた時、そんな時位しか笑った所を見た事は無い。


 お洒落さんの貴重な笑顔だ。何か笑顔がエロい。


 背筋がゾクゾクする。


 僕はお洒落さんから目を逸らすことが出来ないでいる、目を逸らすことなんて許されない。そんな恐怖にも似た感覚が僕を支配してくる。


 怖い。それなのに僕は期待している、お洒落さんに囚われてしまう事を、僕は背筋をゾクゾクさせながら期待してしまっている。


 もう分かってしまっているのかもしれない、僕はもうお洒落さんから逃れられないということを。


 

 

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