公園であった男は『アレ』を恐れていた

竹野きのこ

第1話 出会い

「つまりね、人類はすでに半分支配されているってことさ」


 男は長い帽子をゆらしながら熱弁していた。体もひょろっと長く、いっそ半分に折りたたんな方がしっくりくるような気がした。


「――だってそうだろう? 『アレ』によって自分のスケジュールは厳格に管理され、リマインドしてくる場合もある。何か物を買うにも『アレ』がないと始まらない。どこかに移動しようと思っても、『アレ』がないと出かけられない。特にひどいのが『アレ』お得意の束縛だよ。きみだってきっとそうだろう? 『アレ』と朝起きた時から夜寝る時までずっと一緒で、少しでも見当たらないと不安になったりするだろう? これが支配でないとしたら、いったい何だというんだい」


 この男とはさっき初めて会ったばかりだ。公園のベンチに腰かけていたら、ふらふらとこちらに歩いてきた。そして急に話しかけてきたのだ。


「……えっと、すみません。あなたは一体なんの話をしているのですか?」


 男の勢いにあっけにとられながらも、俺は問いただした。


「ここまで言ってもまだわからないのか! きみももちろん持っているだろう『アレ』だよ『アレ』。こう……ものによっていろいろだが、縦は13センチ、横は5センチくらいのひらぺったい形状をして、本来は人と喋るために使う……『アレ』だよ!」


「はあ……。あ、もしかして、スマホのことですか?」


 俺はポケットからスマホを取りだし、それを男にしめした。すると男は、そのスマホがまぶしくてたまらないといった感じで手をかざし、はげしく顔をゆがめた。男は彼氏に向けて怒気をあらわに言った。


「おいっ! そんな汚らわしいものを私に見せるのはやめろ! それに軽々しくその言葉を口にしてはいけない。支配されるぞ! お前たちはその恐ろしさに気がついていないんだ! それは……その『アレ』は悪の兵器だ! 気がついたときにはもう手遅れかもしれないんだ。悪いことは言わない。今すぐそれを手放したまえ!」



 ――その時、気がつくと男の後ろに別の男がたっていた。


「『悪の兵器』とは、よくもまぁ……」


 振り向いた男は驚きを隠せていない。そこには無駄な要素がない、スクエアな格好をした男が立っていた。


「お、お前は!? ス、スマートフォン! なぜこんなところに!」


「ふふふ……ガラパコスさん。所詮はあんたという存在は俺の旧型にすぎない。あんたの考えていることなんて手に取るようにわかるってわけさ」


「さ、さすがに検索能力はなかなかなものだな……。だがな、今日という今日は言ってやる! はっきりいってお前は強くなりすぎたんだ。お前の能力は人間にとって手にあまるまるところまで来ちまったんだよ。遠からず、お前は破滅を導いてくる! 俺にはわかるんだ! 今、手を打たないともう間に合わない! 大人しく人類を解放しろ!」


 そう言って男……ガラパゴスは、そのスマートフォンと呼ばれた男をゆびさした。


「言うじゃないか。でもね……結局のところ人類の進化ってのはそういうものでしょう? 常に便利さとひきかえに何かを失ってきた。もしかしたらそれはとても大事なものだったのかもしれない。他人を思いやる優しい心だとか、大切な人とかね。――でも、なにかを手に入れるためには、なにかを支払わなきゃいけないのは当たり前なんだよ。あんたが今さら何か言ったところでもう何の価値もないのさ!」


 こちらの男……スマートフォンは高らかに笑いながらそう言った。どの部分が刺さったのかわからないが、ガラパゴスはかなりダメージを受けたようだ。


「ああ……なんてことだ! もうダメだ。人類はおしまいだ……。すまない。俺の力がおよばなくて。きみたちもどこかの田舎で電波の入らないところに逃げた方がいい。またいつか……、いつか平和がとりもどされたら、そのときは、俺といっしょに着メロを作ろう……」


 ガラパゴスが俺にそう言い残し、この場を走りさろうとしたその時。そこにもう1人の男が現れた。男は全身黒づくめでドッシリとした体格をしていた。2人の肩をがっしりとつかみ、そのまま語りかる。


「またれよ! 兄弟たちよ! 我らは世に生まれてからこれまで、ずっと通話という絆で確固としてつながってきたはずではないか! それなのにこんな小さなことでいがみ合って……、恥ずかしいと思わないのか!」


「「く、黒電話兄さん……」」


「いつから我らはこうなってしまったのか。もちろんお互い得意不得意はある。スマートフォン、お前をうらやましく思うときもある。だが我らが兄弟であることは幾千光年が過ぎようとも変わらぬ事実。3本の矢のように、末永く団結していこうではないか」


 さっきまであれだけ威勢が良かった2人も、その朗々とした迫力に負けて小さくなってしまった。





「――――えーーーっと。すいません?」


 もちろんのことだが、俺は話にまったくついていけていない。


「これは、あれですか? 演劇かなにかの練習でしょうか?」


「何を言ってる、我らはいつでも本気だ……なにせ、人類の未来がかかってるんだからな」


「ああ、そうですかそうですか。ガチなんですね。っておいガチかよ……。いやあのですね……事情はよくわかりませんけど、ーーその、いやもうなんと言いますか……」


 俺は深く息を吸いこみ、男たちに言いはなった。


「――てめえらの謎の家庭事情なんて知らねぇよ! 兄弟喧嘩は家でやれ!」


 あっけにとられる3人に目もくれず、俺はベンチから立ち上がり帰路についた。春は変な人が多くなるという話は本当らしい。頭のおかしい「電話兄弟」がうろついてるので注意してくださいって通報しておこう。……いや、あれは「兄弟」が正解だな。

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