第32話 空鳥綾乃

 ボクの見た目は美少年っぽい。

 髪の毛はショートカットで、半分は黄色に染めている。染める位置は美容院に行くたびに変わる。今は右半分が黄色。

 まもなく映画がクランクインする。映画撮影中はこの髪の色を維持しなくちゃ。

 ボクは女の子にモテる。

 今は日本文学科の同級生で、文芸部所属の女の子、空鳥綾乃によく話しかけられている。

 綾乃はドンキュッバンなスタイルの持ち主で、顔もかわいいので男の子にモテそうだが、彼氏を作らず、ボクとよく遊んでいる。友だちだと思っているけど、彼女がガチのレズビアンだったらどうしよう。

 ボクは親友だと思っていた女の子から告られて、困ったことがあるんだよね。そのことはこの私小説の冒頭に書いた。

 綾乃とお茶している。ボクはチョコレートパフェとコーヒー。綾乃はドリアンパフェと紅茶。ドリアンの奇妙な匂いにボクは困惑している。

「それ、美味しいの?」

「餃子の餡に少し砂糖を混ぜたような味かな? 美味しいよ」

「それが美味しいという綾乃の舌が不思議だよ」

「ドリアンは果物の王様と言われているのよ。食べてみる?」

 綾乃はサイコロみたいに切られたドリアンを一つスプーンですくって、あーんと言ってボクに差し出した。パクリ。

「まじゅい」

「ぷははは。慣れればやみつきになるよ」

 ボクはチョコパフェで口直し。ドリアンを二度と食べる気はない。

「文芸部は最近どう?」

「楽しいよ。元SF研の村上くんって男の子が入部してきた」

「そっちに行ったか。文芸部は定員オーバーなんて言ってたのに、嘘だったんだな」

「誰がそんなこと言ったの?」

「新入部員勧誘の時期に、確かエレナさんとかいう人に言われた。ボクは最初、文芸部に入りたかったんだよ」

「絵玲奈先輩かぁ。あの人は女の子に嫌われてるよ。嫉妬深くて、男が大好きなビッチ」

「村上くんは文芸部でうまくやってるの?」

「たぶん。可愛い男の子だよね。先輩女子から可愛がられてるよ」

「ボクが日本と中国が戦争するシナリオを書いたら、ガチギレして、SF研は反中思想の好戦的団体だって叫んで、退会したんだよ」

「なにそれ。ウケる」

「ボクは反省してる。反戦思想のシナリオのつもりなんだけど、中国人に対してはもっとセンシティブに扱うべき問題だった」

「輝がヒロインの映画を撮るんだよね。早く見たいな。輝は銀幕でも絶対に映えるよ。女優になれるかもしれないねぇ」

「ボクは小説家になりたいんだよ」

「小説家志望は腐るほどいるわ。わたしだってその一人。よほど光る才能を持っていないとなれない。輝は少なくとも外見に関しては、女優の素質が抜群にあるよ」

「綾乃だってかわいい」

「輝は理解していない。きみの中性的な魅力がどれほど稀有なものか。ダイヤモンドの原石という言葉では足りない。たとえばわたしは輝の虜だ。きみはスーパーノヴァだ」

「綾乃の比喩がわからない。あの、立ち入ったことを訊くけど、正直に答えなくてもいいけど、綾乃はレズビアンなの?」

「わたしはバイセクシュアルよ」

「つまり、男も女も愛せる人?」

「そう。わたしは男とも女ともセックスしたことがある」

「ちょっ、声が大きい!」

「ぷははは。輝、顔が赤いよ。もしかして処女?」

「そうだよ。声を小さくしてってば」

「きみの処女を奪いたい」

「ボク、帰る」

「冗談だよ。輝には愛情と友情の両方を感じている。きみは友情を持ってわたしと接してくれればいい。強姦なんて美しくない真似は絶対にしないから安心して」

「まったく安心できない」

「きみがボクと付き合ってくれるなら、浮気はしない。でも今の状態のままなら、別の恋人を作るかもしれない」

「早く恋人を作ってよ」

「セフレならいるんだけどね」

「っ! どうして恋人にならないの?」

「わたしを気持ちよくしてくれるんだけど、愛せないから。輝がダイヤモンドならセフレには石英程度の魅力しかない」

「ボク、綾乃と会わないべきかな」

「それは困るよ。友だちとして遊んでほしい」

「ボクは男性を愛する女だよ。好きな人だっている」

「SF研の会長さんが好きだって言ってたよね。見たことある。あの人格好いいね」

「奪らないでよ」

「きみのものなの?」

「まだちがう」

「告れば?」

「いいタイミングがあれば。でも今告ってもフラれる気がする」

「輝をフるなら、会長さんには恋愛センスがない。ネアンデルタール人的愛情の持ち主なのかもしれない」

「その独特な比喩は綾乃の小説にも表れているのかな」

「たぶん。いや絶対にあるね」

「綾乃の小説が読みたい」

「わたしは長編小説を完結させたことがないの。短編は平凡な出来で、輝には読ませたくない」

「ボクと同じだ。共感するよ。綾乃とはときどき会う必要があるかも。癒される」

「ぷははは。愛してくれていいのよ」

「それはないから」

 空鳥綾乃はボクの大切な友だちだ。

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