第14話 愛詩家の兄妹

 ボクが大学1年生のとき、兄の愛詩方は2年間学んだ調理師専門学校をすでに卒業し、横浜家系のラーメン店でバイトしていた。

 たまに食べに行く。

 ボクが店に入ると、兄さんは嬉しそうに注文を取りに来てくれる。

「ラーメンください」

「ありがとうございます。ラーメン一丁!」

 店長は40歳ぐらいの背が低いけれど頑丈そうな男の人で、他にバイトの兄がいるだけの小さな店だ。カウンターが8席だけ。そのうち6席が埋まっている。すごく繁盛しているとは言えないけれど、お客さんが途切れることもない。ボクの採点では中の上の店。

 兄さんがラーメンを届けてくれた。麺は太めでコシがある。スープはコクがある豚骨醤油味。美味しいよ。

 でもよくある家系の味で、特色がない。なので中の上。

 兄は実家に近く、いろいろ任せてもらえてラーメン修行ができるという理由で、このお店で働き続けている。

 時給は安い。最低賃金。

 懸命に注文を取り、丼を洗い、レジを打ち、汗だくになって麺を茹でている兄を見ていると、ちょっと泣きそうになる。スープ作りはまだやらせてもらえないそうだ。

 帰宅し、シナリオについて考えた。

 シンギュラリティAI美少女アンドロイドがヒロインという以外、何も決まっていない。

 低予算ということは、凝った設定とか未来的背景とかは無理だってことだよね。

 普通に撮影できる場所で、シンギュラリティSFって。しかもボクがヒロイン。プラグスーツなんて、絶対に着るつもりはないし、どうやったら面白いSF映画にできるだろう。

 うーん。無理じゃないの?

 待て待て、こんなに簡単に諦めてどうする。

 ボクって、画面映えするのかな?

 女の子からはよく格好いいと言われるけれど、自分ではそんなこと思ってない。お母さんに似ているから、まぁ美人の部類に入るのかもしれないが、映画のヒロインをやるほどではないというのが、正直な自己評価。

 まぁ、それはいい。SF研にはボクしか女子がいないのだ。開き直ろう。やるよ。

 問題はやっぱりシナリオだ。

 人類最高の頭脳よりさらに優れた知能を持ったAIを搭載した美少女型ロボット。

 藤原会長は超AIでも心はないと言っていたが、ボクは心を持ったアンドロイドに惹かれる。

 機械の体だけど、人間の男の人に恋をしてしまう・・・そんなお話にしたいな。

 いきなり監督の意向に背いてどうする。自分がプロの脚本家になったつもりで考えろ。

 コーヒーを飲み、ノートパソコンのモニターを睨み、中野ブロードウェイのテクノ専門店で買って来たインディーズのCDを聴き、ちょっと休憩して漫画を読んだりしながら考え続けた。

 アンドロイド美少女は心を持たない。でも男の人が彼女に恋してしまう・・・これはどうかな?

 愛とか恋とかに寄せ過ぎかな。でも低予算だしな。そんな路線しかないよね?

「輝、まだ起きているか?」兄さんの声だ。時刻は夜の12時。

「起きてるよ。姉さんは今日はいない。入っていいよ」

 兄さんがボクの部屋に入って来た。仕事帰りらしく、ラーメン店の油の匂いがする。うっすらと無精ひげ。

「夜遅くまで、お疲れさま」

「おまえの顔を見ると、疲れも吹っ飛ぶ」

 シスコンなんだよなぁ。でもボクは家族として兄さんを愛してる。お仕事をがんばっている兄を応援したい。

「何してたんだ?」

「脚本を考えてた。SF研で映画を撮るんだけど、そのシナリオ。むずかしいよ」

「大切な役目じゃないか。がんばれ」

「ちなみに主演女優もやる」

「なにっ、すでに神映画決定じゃないか。絶対見に行く。ブルーレイディスク買う」

「ブルーレイは出さないと思うよ」

「そうか、残念だな」

 兄さんは優しげな瞳でボクを見下ろす。

「作家になるのが、ボクの夢だから。映画の脚本を書かせてもらえるなんて、素敵だよ」

「かなうよ、きっと」

 愛詩方の夢はラーメン店の店主になることだったはずだ。

「兄さんの夢もかなうといいね」

「おれの夢か。ラーメン屋を続けるのは容易じゃないって、わかってきたよ」

「お仕事、キツそうだね」

「味を創り出すことも大切だけど、それを毎日、毎月、毎年維持するのはもっと大切だ。腕や足腰は痛いし、重労働だよ。資金も必要だ。バイトでは貯められない。仮に借金して店を出せたとしても、失敗したら破滅だ。将来を考えると不安しかない。つらいよ?」

「ボクに美味しい豚骨煮干し醤油ラーメンを食べさせてくれるんでしょう?」

「食わせてやるさ」

 兄さんはボクの目をじっと見つめた。愛詩方の瞳は瞳孔が黒くて、その周りは薄い茶色。

 ボクが目をそらさないと、ずっと見つめたままなんだ。

「そろそろ寝るよ。おやすみ、兄さん」

「おやすみ、輝」

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