第4話 兄貴の異常な愛情

 ボクには兄貴がいる

 愛詩方という名だ。

 兄の愛し方は異常だ。 

 まず愛する対象がおかしい。

 シスターコンプレックス。彼は妹を愛している。

 彼には二人、妹がいる。ボクの姉、手世と、ボク、輝だ。

 兄はボクにご執心だ。ボクは熱烈に愛されている。

 兄がボクに恋愛感情を持っていることに気づいたのは、ボクが中学二年生のときだ。ボクは作家を志すようになり、世の中を意識して観察するようになっていた。そして気づいた。

 兄貴が変だ。

 いつもボクを熱っぽく見つめている。

 ボクが動くと、彼の視線がボクを追う。

 特別に親切にしてくれる。ボクが数学の問題で苦しんでいると、ていねいに教えてくれる。ボクが段ボール箱を持つと、おれが持つよと言って、代わってくれる。

 姉の手世には、けっしてそんな態度は見せない。明らかにボクを特別扱いしているんだ。

 ボクが中三のときに義理チョコをあげたら、踊り出して喜んだ。ホワイトデーには過剰なお返しが来た。フルーツがたくさん乗ったホールケーキ。一人では食べ切れないので、家族みんなで食べた。

 兄は不満そうだった。ボク一人への贈り物だったようだ。

 高一のとき、ボクに彼氏ができた。手世から聞いてそれを知ったとき、兄の顔面は蒼白になった。ボクは少し離れたところからその表情を見ていた。まるでこの世の終わりが来たかのような顔だった。

 高二のとき、ボクは失恋した。兄は手世から聞いてそれを知り、踊り出したそうだ。表情は明るく、ぱあっと輝いたらしい。

 兄貴はイケメンだし、身長は180センチある。かっこいい男性だ。モテる。

 ボクの同い年の幼馴染、篠崎佳奈は愛詩方に恋している。毎年バレンタインチョコレートを捧げているし、兄の誕生日には欠かさずプレゼントを贈っている。

 佳奈は小柄で黒髪ボブの可愛い女の子だ。兄のお似合いの恋人になると思う。しかし彼はそっけない。チョコにもプレゼントにもお返しをしたことがない。

 佳奈は自分の誕生日に兄をデートに誘ったことがあるが、忙しいと断られていた。実際には兄は暇だった。ボクは知っている。リビングでぼーっとテレビを見ていた。

 佳奈は泣いていた。ボクは怒っていた。しかし佳奈の恋のライバルがボクだとは、口が裂けても言えなかった。

 ボクが高校に入学したとき、兄は調理師専門学校に入った。将来はラーメン屋を開業すると言う。

 ラーメン業界の競争は厳しい。のほほんとした兄が成功できるとは思えない。やめた方がいいと思うが、それ以上に厳しそうな小説家をめざしているボクには言えない。

 兄が作ったラーメンはまだ食べたことがない。旨い豚骨煮干し醤油ラーメンを作るんだ、とか言っていたけど、おかしな味になるんじゃないかな。

 ボクが作家になれなくても、心配はいらないと兄は言う。おれが一生食べさせてやる。面倒を見てやると言うのだ。ボクの目を見て真顔で言った。怖かったよ。

 おれは結婚しない。ずっと輝と一緒にいるから、とソファで隣に座っていたときにつぶやいていたこともある。戦慄した。

 ボクは早く作家になって稼ぎ、自立したい。お兄ちゃんと一つ屋根の下で暮らしているのが怖いんだ。

 兄貴、キモいよ、と言いたいが、家族として愛しているし、自殺しかねないので、言えないでいる。

 兄の愛が重すぎる。

 これ、私小説の脚色じゃないよ。

 100パーセント真実です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る