第2話 作家をめざす理由
ボクは愛詩輝。
作家志望だ。本名だよ。ペンネームみたいとよく言われる。
性別は女性。
趣味は読書。
尊敬する作家は村上春樹様。
中学二年生の秋、春樹様の小説「1Q84」を読んで、衝撃を受けた。おもしろかったとか、感動したとかなんてもんじゃない。読んでいる間、ボクは「1Q84」の登場人物に同化し、作品世界で生きていたんだ。
こんな小説を書く人になりたい。そう思ったのが、作家志望の理由だ。
以来、小説を書くようになったが、まだ完結した作品がない。
長編小説を書き切ることができない。短編小説ですら、完結しない。
いつも途中で、つまらないな、この小説と思ってしまって、続かないんだ。
春樹様の小説と比べてしまう。
「風の歌を聴け」みたいに、いい書き出しじゃないと、だめだろ。
「羊をめぐる冒険」みたいに、きちんと構成したい。できない。
「ダンス・ダンス・ダンス」のように魅力的なキャラクターを作らないと。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」はい、こんなの書けません。
「海辺のカフカ」いいなぁ。これに比べたらボクの小説はごみだ。
「ねじまき鳥クロニクル」脱帽するしかない。
「ノルウェイの森」すげー。
春樹様は秘密の井戸を持っているらしい。そこから文章がコンコンと湧いてくるんだ。
ボクはどうやら砂漠に住んでいるらしい。いくら掘っても、何も湧いてこないのさ。
しかしボクは作家になる夢をあきらめられない。
私小説を書いてみることにした。それがこれだ。
ボクには構成力がないのかも。
今ボクは第2話を書いているが、これが第1話だったんじゃないかって疑問がある。
だってそうでしょう。時系列的にもこっちが先だし、まず作家志望動機を述べて、「作家志望愛詩輝の私小説」という作品を始めるのが、真っ当だったんじゃないかと思う。
一方で、これでよかったんだという想いもある。
第1話では、ボクという人間がどういう人間か、紹介できていた気がする。赤裸々に恋愛体験を書いた。ボーイッシュな外見も描写した。あれでよかったんだ。そんな想いがあるから、変更できない。
第2話をつづけよう。
小説を書くようになってから、漢字に敏感になった。たとえば、「思い」と「想い」。ボクは心の表層を「思い」と書き、深層を「想い」と書くことにしている。
漢字で表現するか、ひらがなを選択するかにも、心を砕くようになった。
「たとえば」、「例えば」だ。語感が「ちがう」。全然「違う」。
そんなことは、作家志望の人間にとっては当然のことだ。
一番の問題は、書くべき何かを持っているかどうかなんじゃないのか。
ボクにはない。からっぽなんだ。
口から尻までからっぽ。
鼻から肺までからっぽ。
頭蓋骨の中には脳細胞があるようだが、シナプスはろくにつながっていない。
目ん玉は眼前の風景を映しているようだが、実は何も見えていない。ボクは幼馴染で親友の涼宮ハルカの顔さえ思い出すことができない。
春樹様はその脳細胞に底知れない記憶を蓄えているはずだ。
春樹様はさまざまな問題意識を持って、目を見開いているはずだ。
春樹様の胃には歯で砕いたパスタが落ち、小腸にはサンドイッチを溶かしたドロドロの液体が流れ込んでいるはずだ。
ああ、ボクの胃腸にも食べ物ぐらいは流れているな。
ときどきボクの頭はおかしくなるんだ。気にしないでほしい。
とにかくボクには問題意識なんてものはなく、書くべき特別な体験もなく、テーマもモチーフもない。残念だけど、力量もない。
悔しい。
いつかすごい作品を書いて、作家になってみせるんだから。
書きたいという意欲だけは持っている。
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