第3話 記憶

 「ねぇ、傑。私のこと覚えてないの?」


 「え?・・・」


 そして、彼女のその言葉で一瞬、俺は思考が停止した。


 


 覚えてない?とはどういう事だ。確かに会ったことがある気はするが・・・


 「ど、どこかで会ったことあります?」


 「覚えてないんだ。ふーん。」


 (全く覚えてない。わからない。なぜ彼女はそんなことを聞くんだ?)


 「お、覚えてないなぁ。」


 俺がそう言うと、彼女腕を組んでムスッとした顔をして・・・


 「じゃあ、思い出させてあげる!」


 そう言うと彼女は長い髪の毛をショートカットぐらいの位置にまで持ち上げた。


 「これで思い出せる?」


 俺はその姿に見覚えがあった。







 ――――時は小学一年生の頃にさかのぼる。


 俺は今とは違い、小学生の頃は野球が好きだった。とにかく上手くなりたいという一心で毎日野球をしていた。そして、その野球をするきっかけになったのが隣の家に住んでいる田原碧たはらあおいという幼馴染の存在だ。


 碧とは家族ぐるみの付き合いで、晩御飯を一緒に食べたりするような間柄あいだがらだ。しかし、俺は当時、碧が野球を好きだとは知らなかった。彼女の父親は元野球選手だった。そのため自然と彼女は野球が好きになったのだという。


 俺が初めて野球をしたのは、試合の前日、彼女のチームメイトの一人が怪我をした為、人数合わせのために呼ばれた時だ。


 「ねぇ傑。一緒に野球しない?」


 「は?なんで?」


 俺はこの時スポーツ自体があまり好きではなかった。だからスポーツをする事がほとんどなかった。


 「チームメイトの子が怪我したの!だから代わりに出てくれない?」


 「はぁ。まぁ碧がそこまで言うんなら出てやるよ。」


 俺は当時、碧のお願いを断ることがなかった。なぜなら俺は碧のことが好きだったからだ。


そして試合当日、ライトというポジションで試合に出場した。公式戦ではなかったが相手チームはかなりの強豪だと碧は言う。


 「今日の相手は強いけど絶対勝とう!」


 そんな碧の掛け声とともに試合がスタートした。彼女はエースで、またキャプテンとしてチームを引っ張っていた。




 ――――「ゲームセット!」

 

 審判の声がグラウンドに響く。この試合は負けはしたが、相手は強豪でありながら二対一という成績だった。この一点は俺と碧で取った一点だ。


 最終回 二アウト ランナー三塁の場面で碧が三塁、俺がバッターだった。そしてツーストライクという場面で俺は外野へヒットを打った。そして碧がホームに帰り、取ったのがこの一点だ。そしてこのヒットを打った時の爽快感はたまらなかった。そしてこの時、俺は野球が好きになった。だから野球を好きになったのは碧のおかげだ。


 しかし、それは長くは続かなかった。




――――二年後・・・


 彼女は最近どこか俯いているような気がする。何かあったのだろうか。心配なって聞いてみる。


「碧。何かあったのか?いつもより暗い顔して。」


「私、お父さんとお母さんが離婚するんだ。」


「え?・・・そうなのか?二人とも仲良かっただろ?」


 彼女自身のこの言葉に俺は驚いた。俺から見た彼女の両親はとても穏やかで仲が良かったからだ。


「実は最近二人とも些細なことで喧嘩になって・・・それでね、お母さん出て行くみたいなんだ。」


「そうなのかぁ。碧は残るんだろ?」


 俺がそういうと彼女は涙を流す。


「おいおいどうした?」


「私ね、お母さんと一緒に行くことになったの」


 俺はその言葉を聞いて言葉を失った・・・





――――そして碧の出発当日


「傑。私もう行くね。」


「あぁ。いつかまた会えるよな?」


 彼女は涙を浮かべながら笑顔で言った。


「うん。また会えるよ。」

 

 そして彼女は、転校した。それから俺は好きな野球打ち込んだ。しかし、碧と一緒にしていたころと比べてあまり楽しくはなかった。いなくなって初めて碧が俺にとってどれほど大切だったのかがわかった。


 そして碧との繋がりを消さないために野球は続けた。しかし、小学六年生の最後の大会でも碧に会えることはなかった。



 俺はそのまま中学校でも野球は続けていた。中学の野球部は部員が四十人と、人数が多かった。そして一年生ながら使ってもらえた練習試合で相手選手との衝突で怪我をした。相手との体格差が歴然だったからだ。


 そして診断の結果、全治一年となり一年間野球が出来なくなった。一年のブランクがあると人数の多いこの部では試合には使ってもらえない。そこで俺は野球をやめた。


 今思えば彼女との思い出を繋ぐものは、俺の中ではその程度のものだったんだなと今は思う。その後、中学、高校と俺は部活に入らなかった。そしてゲームばかりして過ごしている今に至る。




 


―――――「これで思い出せる?」


 俺はその姿に見覚えがあった。碧の両親が離婚した後、名前が変わるということは聞いていたがその名前を俺は聞いていなかった。


「お前、田原碧たはらあおいか?」


 俺がそういうと彼女は微笑んむ。


「なーんだ。やっぱり忘れてないじゃない!」


 そう言いながら俺の肩を叩く。


「そうか、また会えたんだな。」


 そう言うと自然に目から涙があふれてきた。あぁ、これが嬉し涙なんだな。


 そしてこの時やっぱり俺は碧のことが好きなんだな、と改めて実感した。


 

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