食べたぶんだけ賢くなれる

ちびまるフォイ

大事に思われるって素敵なこと

コンビニで買ったチキンを噛んだときだった。

肉汁と一緒に頭の中に広い牧場の記憶が流れ込んできた。


「今のはいったい……。私あんな場所行ったこと無いのに……」


見たこともない牧場の景色と目線の高さ。

この記憶が今しがたそしゃくした鳥の持っていたものだとすぐに理解できてしまった。


怖くなってサラダを口に運ぶと、今度は太陽がさんさんと降り注ぐビニールハウスの記憶が流れてくる。

植物にも記憶があるなんて思いもしなかった。


「ママ、だいじょーぶ?」


息子は心配そうにこちらを見てくる。


「え、ええ……大丈夫よ。心配しないで」


食事で記憶まで自分の体に一体化するのは私だけではなかった。

世界中の人が同時に食事で記憶が流れて大騒ぎになっている。


動植物の記憶までも垣間見せられることで、

これまで意識していなかった"命"を突きつけられてるようで食事を避ける人まで出てくる。


そして、そのなかには私も含まれていた。


「はぁ……お腹へった……」


最近は食事の回数がめっきり減った。


記憶を回避するために専用の「記憶なし食品」も販売されているが

子持ちのシングルマザーがそのような高級食品を常食できるお金はない。


「ママ、お肉が食べたい」


「肉なんて食べたらブタさんの記憶が入ってくるわよ。

 牧場のおじさんに殺される記憶が流れてきたらどうするの」


「気にしないよ」

「そういう問題じゃないわ。あなたの今後の成長に関わるの」


「でも、いっつもこの味のしない棒ばかりは嫌だよ! 美味しいものが食べたい!」


「これ買うのにいくらしたと思ってるの!?」


記憶がない固形の加工食品はパサパサでちっとも美味しくない。

それでも息子に良くない記憶を見せない一心で身を削って買っているというのに。


「なんで言うこと聞いてくれないのよ……」


息子への愛情はしだいに疲れとなり、疲れが怒りへと変わるようになった。

常に空腹でイライラしがちになっているのがわかる。


そんなとき、IT実業家への襲撃プランを聞けたのは良いタイミングだった。


「あのいけすかない金持ちを食べれば、お金持ちのノウハウが学べる。

 これは殺人ではなく富の再分配なんです。あなたも協力しませんか」


「お金持ちのノウハウ……それが勉強せずに手に入るんですか」


「豚を食べれば豚の記憶が手に入るように、

 金持ちを食べれば金持ちの記憶が手に入って大儲けできますよ」


「お金があればもう"あんなもの"を食べなくてすむ……!」


今の生活からの脱却と自分を変えたい一心で計画に乗った。

もっと困難があるのかと思ったが、人間ひとりを殺処分するのに苦労はしなかった。

リーダーは金持ちの体を食べやすいサイズに切り分けて紙皿に盛った。


「さあみなさんで食べましょう。この人の記憶を自分のものにするんです」


味は期待していなかったが娯楽のためではないので、我慢して口に運んだ。

これで金持ちが金持ちになれた秘密を知ることができるはず。


「……なにこれ? 飲み会の……記憶?」


食べきって得たのは、金持ちが若い頃に行った飲み会の記憶だった。

ほしいはずの金持ちの知識や技術はどこにもない。


「どういうこと!? 食べる部位が悪かったの!?」


他の人の紙皿を奪ってどんどん口に運ぶ。

けれど体に落ちてくる記憶はどれも同じだった。


「そんな……なんでこんな使いみちのない記憶しか継承できないの……」


飲み会の記憶が実は儲けのからくりになっているだとか

なにか得られるものがないかと探してもダメだった。


リスク承知で食べたというのに、こんなしょうもない記憶しかもらえないなんて。

落ち込んでいるとき新しい可能性にふと気づいた。


「……待って。もしかして本当はもう継承しているのかも」


自覚症状こそないが実は自分の中に金持ちの記憶が入っているかもしれない。

自分の肉を一部そいで口運んで噛みしめる。


口を通じて自分の頭の中に自分自身の記憶が流れ込んでくる。

入ってきた記憶は、生まれた子供と初めてあったときだった。


どこにも金持ちから引き継いだ記憶の片鱗を感じない。


「そんなわけない! 私の体のどこかに引き継がれてるはずよ!!」


もう確かめずにはいられなかった。

他の襲撃者もそれは同じでお互いを食べ合う狂乱の祭りへと化した。


「お前らなにやってる!?」


警察が来たときには地獄絵図だったらしい。

生き残ったのは結局私ひとりとなった。

でも私の中にはちゃんと彼らの記憶も引き継がれている。


 ・

 ・

 ・


「546番、出ろ」


格子の扉が開けられると、ああついに死刑かと察した。

私の予想はあたったようで死刑台の前にある部屋では最後の晩餐が用意されている。


「……いりません。もうどうせ食べ物から記憶を得てもしょうがないですし」


「いいのか? 最後の食事だぞ」


「記憶を得るため以外で食事をしたくないんです」


先へと進み首に縄をかけていく。

おそらく私が死んだかどうかを確かめるために医師が控えていた。


「お医者さん、ちょっといいですか。ひとつ気になっていることがあるんです」


「なんでしょう」


「食べ物がもつ記憶って、なぜひとつしかないんでしょう?」


「いいえ、ひとつだけじゃないです。食事を通して流れてくる記憶は、

 その食べ物が生前に"もっとも大事にしていた記憶"が強く出るんです。

 なので、場合によっては1回の食事で何個も記憶が入るときもあります」


金持ちを食べたときに飲み会の記憶しかなかったのは、

どんなに富と名声を得ても本人が大事にしていたのは安い居酒屋で友達と飲み交わした記憶だったのだろう。


「そうですか、本人の最も大事な記憶だったんですね……納得しました」


自然と顔がほころんだ。

それを見た医師はうかがうように訪ねた。


「……どうして笑っていられるんですか?」


「ちょっと嬉しかったんです」

「嬉しい?」



「自分の子供の"最も大事にしていた記憶"が、私との記憶だったのが嬉しかったんです」


死刑はとどこおりなく実施された。

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