「スマホ慣れした後輩ギャルと、ガラケー世代の僕っ娘先輩が歩み寄る話」

龍宝

「スマホ慣れした後輩ギャルと、ガラケー世代の僕っ娘先輩が歩み寄る話」




 何か、変わったことはないかな。


 開口一番、文芸部の部室に入ってきた先輩が言い放った。


 パイプ椅子に腰掛けてスマホをいじっていた少女――御蔵みくらあやは、含んでいた紅茶を飲み干してから、眼をまばたかせた。




「蓮子ちゃん。今日も入部希望者ならゼロだよー? 先生も顔出さないし。えーっと、本日も異常なしであります! ってやつ?」




 雑な敬礼を取ってから、けらけらと笑うあやに、先輩——和泉蓮子が、「それは何より」と笑顔を返して向かいに座った。


 そのまま、文庫本を取り出して読み始める。


 それ自体はいつもの動きだが――。


 どことなく不満そうな様子から、どうやら自分は返し方を間違えたらしい。


 てっきり、昨日の夜にテレビでやっていた映画——洋画で、探偵ものだった――のワンシーンを真似たのだと思ったのだが、蓮子にそれを気取るつもりはないようだった。




「……あや君。僕が来るまで、今日は何をしてたのかな?」




 首を傾げていると、視線を動かさないまま、蓮子が声を上げた。




「え? うーん、なにっていっても、お菓子食べながらスマホいじってたくらいだケド……」




 これもまた、いつものことだった。


 蓮子に誘われて文芸部なんぞに入ったあやは、元より文学芸術にさほどの関心はない。


 蓮子の存在と、居心地のいい空間であるから入り浸っているが、読むとしても精々が流行りの映画化小説、大抵は漫画本である。


 絵も、デフォルメされた動物くらいしか書けない。


 漫画本は部室に置いてある数も少ないので――しかも古い――つまり、基本的にはスマホで時間を潰すことになる。


 蓮子にしても、そんなことは分かりきっているはずだ。


 むしろ、今日に限って蓮子がいささか早く来たものだから、開封済みのお菓子も半分以上残っているくらいである。




「そう、君は、いつもスマホを眺めているが――いや、誤解しないでほしい。僕は何も、それがどうだ、という気は毛頭ないんだ。興味のない君を誘ったのは僕だし、君がこの部室で何をしてようと、僕がそれをとやかく言う権利もない。大体が、僕だってこうして放課後まで本を読んでいるだけだし――」



「うん。大丈夫、分かってるって~! それより、蓮子ちゃんはなにが聞きたかったの?」



「ただ君を手元に置いておきたいだけで――と、そうだ。話が逸れたね。常々、疑問だったんだ。そんなに眺めて、一体何をしているんだろう、って」




 肩口に掛かった髪先を指に絡めながら、蓮子が流し目をくれる。


 昨日今日の付き合いでもない。


 この持って回った話し方をしがちな先輩が、殊更ことさら饒舌じょうぜつになる時は、照れ隠しか、あるいは何らかの本音を切り出すための導入だったりする。




「スマホで? んー、SNS流したり、アプリでゲームしたり、漫画読んだり――まァ、そんなとこかなァ。どしたの、蓮子ちゃん? 急にさ。……あっ、分かった! あたしがやってるアプリ「ねこねこ☆世界大戦略」見てて、うらやましくなったんじゃん⁉ でもだめだよー、これ、スマホじゃないとできないよ?」



「ふふふ、男子三日会わざれば何とやら。まして、花も恥じらう女子高生だ。いつまでも僕がケータイ文化の人間だとは思わないことだよ、あや君」




 名推理に興奮して乗り出したあやを余裕たっぷりに見上げて、蓮子が制服の上衣ブレザーから何某かを取り出した。




「えっ⁉ 『ガラケーから替えるくらいなら、自刎じふんして果てるまでさ。僕は、ガラケー界のまつろわぬ民、阿弖蓮子アテレンコになる所存だよ』――なんてわけ分かんないこと言ってた蓮子ちゃんが⁉ スマホ持ってる! なんで⁉」



「考えを改めたのさ。コペルニクス的転回、パラダイム・シフト――天動と地動の世界が入れ替わったように、いつまでも旧態依然とした個人的感情に起因することに拘泥していても仕方ない、とね。……そういう風に、僕を動かしたのは――君だ、あや君」




 文庫本をぱたりと閉じた蓮子が、真新しいスマホをあやに向かって差し出した。




「あ、あたし? なんか言ったっけ?」


「部活動、というていでこうして放課後に顔を合わせるようになったけど、僕は知らない間にずいぶんと欲張りになっていたようだ」


「蓮子ちゃんが、欲張り~? あたしならともかく……」


「顔を合わすだけで満足していたのに――君が、鈴の音のように涼やかに笑うたび、午後に窓から差し込む日の光のような笑顔を見せてくれる度、僕の胸は熱く騒いだ。君のことを、もっと知りたい。君と同じ時を、もっと生きたい。……いつからか、そう思うようになった」


「ふえ⁉ う、うう……なんか、そこまで言われると恥ずかしいというか、照れるというか……」




 頬が熱くなるのを感じて、あやは人差し指でもって制服の胸元を前後させた。




「つまり……ふふ、こうして土壇場になったら、口がすべってくれるかと思ったんだけど、存外に照れくさいものだね」


「あたしの方が恥ずかしいよ!」


「あまり焦らすものでもないか。——あや君、私に教えてほしい」




 差し出されたスマホと、蓮子の眼を交互に見遣って、あやは普段なら考えられないほど、か細い声をしぼり出した。






「……それって、スマホのこと? ――もしかして、それ以外……も、だったり……?」






 口にするだけで、身体中が熱を持つ。


 窓から差し込む西日のせいだと、あやは誰にともなく言い訳をした。


 通い慣れた部室で、自分たちはいったい何を話しているのか。


 ふと、頭の奥に鎮座している理性のようなものが、冷静さを取り戻した気がする。






「——さて、それはどちらかな……好きな方を選んでくれたまえ、ワトソン君」






 実に愉しそうに笑みを浮かべた蓮子に、あやは「やっぱり映画見てたんじゃん」と呟くのだった。




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