見えない物が見える僕達は

Yuu

プロローグ 『備忘録』


朝 目を覚ますと、僕を待っていたのは違和感だった。


自分の体温で仄かに温かいベッドの上で、生まれたばかりの動物の様に辺りを見回す。

何時も使っていたであろう勉強机に、ジャンル毎に並べられた本棚の漫画達。壁には幼い頃に好きだったであろうアニメのポスターなんかも貼ってある。

ここで目覚めたという事は、ここは恐らく自分の部屋なのだろう。だが、今の僕にはそれすらも確かとは思えない。


何故ならば、記憶が無いからだ。


記憶と言っても、昨晩何食べた とか、アイツの名前なんだっけな〜なんて易しい物ではない。本当に、自分の名前すら思い出せない。理由は分からないが、直感的に大変な事に巻き込まれたのだと感じている。


咄嗟に着ているシャツを捲り、腹部や胸部を見たが、傷はない。頭に触れてもそれは同じ。事故や不運にも頭を打ったりして全て忘れたのかと思ったが、どうにもそうじゃないらしい。何処を触ったり確認しても傷はないし、腫れやタンコブ一つない。

でもまぁ、確かにそんな外因的理由ならば目覚めるのは自宅では無く病院の類か と、自らの中で結論を導き出した僕は、取り敢えずベッドから降りて軽く伸びをした。

閉め切って有ったカーテンを開ける。空は雲に覆い尽くされて雪なんかが降っている。となると、今は四季の中で冬らしい。となると凡そ今は十二月くらいだろうか


「冬…… 冬ねぇ……」


理由は分からないが、冬という言葉に引っ掛かりを覚える。記憶を失う前の僕に冬という文字がつく知り合いでも居たのだろうか。

それにしても、記憶を失っているというのに何処か落ち着いてる自分に少し恐怖を感じる。普通はもう少し取り乱しそうな物だが、何だか、特段焦りなんかは無い。


とはいえこのままでは困るので、取り敢えず記憶を呼び起こす何かが無いかと辺りを見てみると、勉強机の上にそれらしき物が置いてあった。


『未来の僕へ』


表紙に黒のマジックペンでデカデカと書かれたそれを持ち上げ、ページを一枚捲る。

これは恐らく、今の僕の現状を憂いた"過去の僕"から今の僕未来の僕へと宛てた贈り物だろう。つまるところ、どうやら過去の僕は記憶が無くなる事を知っていたらしい。

ノートには様々な事が書いてある。それを僕は一つ一つ、まるで音読をするかの様に口にした。


『十二月八日、とある緊急事態が起きたので、こうして備忘録的なものを書くことにした。 これを書いたのは、これを読んでいる君であり、僕自身だ。』


『これを読んでいるであろう僕は、恐らく自分の名前すら覚えていない筈なのでここに明記する』


上坂隼人かみさかはやと。 夢乃原高校に通う高校二年生で、この世に友人と呼べる存在が五人いる。』


上坂隼人、それがどうやら僕の名前らしい。

理由は分からないが、自分の名前を忘れるだなんて余っ程の何かがあったに違いない。


『これより先に書かれている事は、これを読んでいる僕からすればありえない事のように思うだろうが全て実際に経験した事だ。 少しずつ、これを読んで記憶を取り戻して欲しい』


『七月二十一日、この日僕は病院の屋上で不思議な女性に出会った。 名前は────』

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