南の島からやって来たタイフーンギャルは、ホームラン率10割のスーパースラッガー ~私の辞書にはアウトなんて言葉はない~ 

上海アオリン

第1話 チルチル -南の島の竜巻娘-

 イー・スマイル社の創業者で社長スズノスケこと(本名スズキダイスケ)は、愛人でモデルのミミちゃん(本名ミヨシミチヨ)と、フィリピン沖の小さな島にバカンスに出かけていた。


 スズノスケは本当は六本木の知り合いのクラブを借り切って、ミミちゃんや仲間を集めて、パーティごっこでもやっていたかったが、ミミちゃんは海が大好きで、南の島に行きたいとだだをこねた。ミミちゃんの頼みであれば断るわけにはいかなかった。


 チャーター便をマニラから飛ばし、島の空港に着くと、そこには先乗りしていたガイドがいた。ミミちゃんは、サンゴ礁とジャングルが見たいと無理を言う。スズノスケは一人でジャングルを歩くのは無理と思い、ガイドを手配していた。


 スズノスケは、ネットでの物々交換やお見合いのアプリを立ち上げ、それらのビジネスがうまく大当たりした。スズノスケには七年前に結婚した奥さんがいたが、調子に乗って、ミミちゃんのようなガールフレンドをとっかえひっかえ作った。

 

 もっとも奥さんも韓国のアイドルにぞっこんなので、亭主はちゃんとお金さえ出してくれれば、恵比寿のマンションで、それはそれで楽しく暮らしていた。


 部下や参謀にも恵まれたスズノスケのビジネスは、次から次へと大成功を収めていた。イー・スマイル社は、ついにはプロ野球の球団まで買収に成功した。


 かつて、スズノスケ少年は、少年野球では補欠の外野手だった。身分不相応に、プロ野球で活躍する自分を夢見ていた。野球はうまくなかったが、商売では運をつかみ、若くしてプロ野球の球団を買収することができた。プロ野球球団のオーナーになるのは、確率的にはプロ野球選手になるよりはるかに難しい。スズノスケは、球団を買収した時、ざまあみろと思った。


 島に着くと、早速ミミちゃんはビーチで泳ぎたいと言う。日本帰りで、言葉の達者な現地ガイドから鮫や海蛇が多いですよと言われ、ミミちゃんは怖がって、ペンションに引っ込んでしまう。


 せっかくの南の島なのに、部屋で一日中「あつ森」三昧。ミミちゃんとの楽しみは夜だけでもいいかと思ったスズノスケは、仕方なくガイドと二人で変わった鳥や動物を見にジャングルへ行った。こっちこそ本当のどうぶつの森なのにと、スズノスケは思ったが、どうしようもない。


 島には色とりどりの南国の花が咲き、美しい鳥が飛び交っていた。大きな蝶が目の前を横切ると、スズノスケもうっとりとした。しかし、「足元に蛇がいますよ」というガイドの声に、くねくねと動く光った蛇を見て、驚きの声を上げた。


 森の奥には美しい滝があると聞き、是非連れて行けとガイドに頼む。ガイドはここから先は特別料金になりますと吹っ掛けるが、スズノスケも、俺を誰だと思っているんだと一喝し、料金交渉は五秒で終わった。


 ガイドの運転する古いパジェロで、山道を進んでいくと、途中でカーン、カーンと何かを叩く音が定期的に聴こえた。


「あれは、何の音だ」

「ああ、奥に原住民の農民の集落があるんですよ。そこにこの辺では有名な石を打つ変わった女の子がいるんですよ」

「石を打つ?」

「そう、石を打つと二百メートルくらい飛ぶんですよ」


 二百メートル?馬鹿言うなと思う。俺もプロ野球チームをもってるんだぞ。メジャーリーグから連れてきた大男でも、百五十メートルも飛ばせばいいとこだ。女の子が石を二百メートルも飛ばせるわけがない。それでもスズノスケは一度その女の子を見てみたいと思った。


 ガイドに石を打つ少女のところに連れていけと言うと、ガイドも暫く考えたが、別途交渉料金がもらえるならと、了承した。そもそも人間なので、木のように同じ場所にとどまっているわけではないですよ、会えなくても料金はもらいますからねと、しつこく念を押した。


 車で山道を走り、丘の頂上に着くと。平らな草原があった。運よくそこに少女はいた。


 背丈は一メートル五十センチ程度。肌は日本人よりやや色黒だろうか。黒いショートの髪が風に僅かになびいていた。赤いTシャツと真っ赤なショートパンツという姿は、花のような色彩で、南国の少女らしかった。


 彼女は一メートルほどの鉄パイプを持っていた。少女の十メートルほど先に、少女よりもちょっと年が若く見える少年がいた。少年は草履もはかず上半身裸で、いかに森の元気な少年というように見えた。


 少女は、丁度バッターが左打席に立つ形で男の子と対峙している。少年は地面の石を拾うと少女の方に投げた。その投げ方は、野球のピッチャーの動作とよく似ていた。ただ石が投げられた方向は少女の背中側だった。


 次の瞬間、少女は髪をなびかせ、左足のつま先を軸としてコマのように素早く半回転した。背中の方に投げられた石を、右打ちのバッターのように、見事に鉄パイプでとらえた。鉄パイプから気持ちのいい音が大きく響き、打たれた石は、はるか向こうに高く生えそろった椰子の林を飛び越し消えていった。


「どひゃあ」

 スズノスケは驚き自分の目を疑った。確かに二百メートル以上飛んだかもしれない。あのちっちゃな少女があれだけの距離を打つとは、信じ難い。少女はスズノスケの声にちょっと驚き一度振り返ったが、また同じように鉄パイプを構えた。


 ベース側に背を向け、全く向きが反対ではあるが、確かにそれは野球の打撃の構えには似ている。そしてまた少年が背中側に投げた石を、左足を軸にフィギアスケートのようにターンすると、同じように椰子の林の向こうまでぶっ飛ばした。


「どへええ」

 スズノスケはまた素っ頓狂な声を、大声で上げた。少女は再び振り返り、今度は迷惑そうな顔でスズノスケを見た。


 スズノスケは打球のスピードと飛距離に驚いていた。そして自分のチームに呼んだホームランバッターがことごとく評判倒れなを思い出した。特に去年、五億円も使ってメジャーリーグから鳴り物入りで呼んだトンプソンは、実は大麻中毒で、ホームランを二か月で一本しか打たないだけでなく、見事に持ち込んだ大麻が見つかり、何もせずに日本から消えた。思い出すだけで腹が立つ。


「この子。石で山猫を退治するらしいですよ。走る山猫に石をぶつけてやっつけるそうです」

「そんなことできるわけないだろ」

「いえ、みんな知ってますよ」


 ガイドに頼んで少女を呼んでこさせる。暫く三人は話をすると、面倒くさそうな顔をして、少女と少年はやって来た。少女のくりくりとした目が可愛らしく、きっと五年もすればいい女になるかもと、スズノスケは思った。


 スズノスケは、ポーチから百ドル札を一枚取り出し、二十メートルほど後ろにある椰子の木を指さした。


「さっきみたいに石を打ってあの椰子の実に当てたら、この百ドル上げる」


 少女は一度百ドル札を見てから暫く考えて、つまらなそうに、目標の椰子に持っていた鉄パイプを向けて方向を定めると、少年を右側に三メートルほど移動させ、少女と椰子の木の間から動かした。


 少年が再び野球のノーワインドアップのようなフォームで石を投げると、また少女はくるりと回転し打った。スズノスケには鉄パイプの残像しか見えなかった。石は一直線に線を引き、また別の音がして、砕けた椰子の実が地面に落ちた。


 それは魔法のようだった。スズノスケはただあんぐりと口を開けてその様子を見た。暫くして我に返り、いやいやこれは偶然に決まっていると自分に言い聞かせた。スズノスケは、百ドル札をつかんで帰って行こうとする二人を、また呼び止めた。今度は百ドル札を三枚出した。


 結果は同じだった。石を打つ音と、椰子の実が割れる音に時間差は殆どなかった。これは弾丸と同じだ。


 そう言えばトルネード投法と呼ばれたピッチャーがかつていたなと、スズノスケは思い出した。しかしトルネードと呼ばれたその投げ方も、実際には背中が見える程度で竜巻のように回転しているわけではない。

この少女はつま先を軸にして確かに体が回転しているのだった。


 三百ドルをひったくると、二人は歩き始めた。スズノスケは大声で呼び止めようとしたが、少女は振り向きもせず、手を振り、去っていった。


 あり得ない、これはマジックだ。石のようないびつな形のものを打って、コントロールできるわけはない。


「おい待て。チビ」


 その声に、少女は振り向いた。その顔には怒りが浮かんでいたが、スズノスケの方を見ると。突然目つきが急に変わる。スズノスケが一瞬たじろぐと、少女は石を左手で拾い、例の鉄パイプで、まるで野球のノックのように石を打つ。石は弾丸のように飛び、スズノスケの足元から十五センチほど離れたところで砂埃があがった。少女の打った石が跳ね上がった場所を見ると、頭が飛んだ毒蛇の死骸があった。


 またスズノスケの目の前に戻ってきた少女は、たどたどしい日本語で言った。

「オマエ、ヘビカマレテ、シヌトコダッタヨ」


 突然の片言の日本語にスズノスケは驚いた。


「ソレカラ、チビッテイウナ」


 とても外国で教育を受けられるほど裕福の家庭に生まれたようには見えない少女の日本語に、スズノスケも現地のガイドも驚く。スズノスケは森の妖怪か精霊に会ったような気がした。


 一羽の蝶が少女の目の前を飛ぶ。少女が素早く手を出す。その親指と人差し指の先には蝶がいた。スズノスケは更に驚く。


「あんた、飛ぶ蝶を捕まえられるのか」


 この少女には蝶の羽の動きが見えるのだろうか。少女が指を開くと、また蝶は羽ばたき、花を見付けるために草原へと消えていった。


 この子は、一体何者だ。スズノスケは目を見開いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る