第23話 ワルシの手口「マスターは三足の草鞋」

 1994年、祥子31歳、怪しげなスナックが鮮明になる.


 スナックのカウンター席に座っている、カウンター内では祥子のためにウーロン茶を注いでもらっているが、ガラスのコップの表面には水滴が滴っていて、それを見ながら、

「北海道のコテージで中島さんから美味しいウーロン茶を貰いましたよね、あれは美味しかったわ、あんなに美味しいウーロン茶はどこのメーカーですか」と聞いている

「今、マスターが作ってくれるウーロン茶も美味しいで」

「ホントに、楽しみやわ」

 そして、冷たく冷えたウーロン茶が目の前に置かれた、祥子はそれに手を伸ばしたときに、中島に話しかけられる

「マスターのこと観たことあるやろ、世話になっているんやで」

 しかし祥子は何も思い出せずにいた、すると

「マスターは、昔はプロのカメラマンをやっていたんや、スナックと北海道のコテージのオーナーをしながら、時々カメラで女の子を映しまくってるんやで、二足の草鞋では物足りずに、三足の草鞋を履いてはるんやで、カメラマンの姿は知らんやろうけどコテージでは世話になってるんやで、違法なんやけどなぁ」

そういって中島はマスターに向かって

「まだ検挙されてないんか?」と質問している。


マスターは苦笑いしながら頷く、


 そのやりとりを祥子は上の空で見ていた。

なぜなら、祥子はこの時、肩に抱えるような大型の撮影カメラを想像していたからだ、そして思い出した!


「アッ!」

「思い出したか」

「はい、昔K病院のイメージガールの撮影をされていましたよね、イメージガールは涼さんでしたよね、大黒さんが涼さんの歩調に合わせて一緒に歩いて、長いマイクを向けていましたよね、その時のカメラマンだったんですね」

「えっ、涼さんもか!」

「涼さんの他にもイメージガールをしていた人がいるのですか」

「カギちゃんや」

「私はイメージガールになったことはありませんよ」

「いやカギちゃんや」

「私と違いますって」と否定しても中島は聞いていない、

「涼さんは、別嬪さんやったな」

「ええ、凄く綺麗な人でしたね」

「確か、突然仕事を辞めたんやな」

「結婚すると言っていましたよ」

「結婚する人がいてたんか」

「辞めてからお見合いすると言われていましたよ」というと、中島は突然

「ワシな、涼さんの事‥‥‥、好きやったんや」と言って、マスターの顔を睨んだ。

 祥子は中島から淡い恋話を聞かせて貰えるものだと勘違いして、

「告白はされなかったのですか」と質問したが中島は聞いてはいない、そして祥子の前に置かれていたウーロン茶を掴み、カウンター越しのマスターに返し、

「全部捨てて、コップはきれいに洗って!」と言う、祥子は、

「えっ、もったいない、美味しいウーロン茶なんでしょう、それでいいのに」と言うが、

「もの凄い、濃いお酒を作ったって」とマスターに言う。

「そんなお酒は飲めませんから」と言っても、中島は聞き流している

「そこに全部混ぜといて、残りぜんぶやで」


 ‟中島はワルシの指示通りに決行するつもりだったのだ”

‟涼さんに救われたのだ”

 祥子はまたもや動悸が激しくなった、脈拍は100/分を超えている。


「大丈夫ですよ、頑張りましょう」


 〝誰かの優しい声が聞こえて来た、そうだ、六林医師に妙な事を言われたんだ!″


 1984年 祥子21歳、S病院婦人科内診室が再び蘇る、


「もう、赤ちゃんは死んでるかもしれへんぞ」という声が聴こえてきたが、腹部にカーテンがひかれているので、誰に話しかけているのか分からなかった、

「妊娠出来なくなったらお前のせいやぞ、強烈に痛い検査をしたる、お前が悪いんや」

 これは祥子に発せられた声だ、祥子は怯えながら

「えっ、痛いんですか」と反応すると、その時に

「大丈夫ですよ、一緒に頑張りましょう」と優しい声の人に励まされたのだ。六林医師に脅かされ怯えていた祥子は、優しい声に力づけられ、どんなに辛い検査も甘んじて受けようと歯を食いしばっていたのだ。そして次に六林が発した言葉が

「耳塞げ、聞こえたら耳潰れるぞ」だったのだ。

 こうして記憶は34年間封印されていたのだ。


 祥子は輝君に心を委ねていた。だから、恥ずかしくなかったのだ。思い出した瞬間から涙が止まらなくなった、もしも最初に思い出していたとしたら、辛すぎて色々な場面を蘇らせることは出来なかったかもしれない、そうなれば精神が萎えてしまいワルシの犯行を世に知らしめることが出来なかっただろう。祥子の記憶が蘇ったのは輝君の導きによるものだと思えてならない。


 1994年、スナックの続きが蘇った。

スナックを出ると、マスターは「準備中」の札を「営業中」に変えた。

「準備中だったのですか?」と質問している、

「札を変えるのを忘れてたんです」

「あ、そうですか‥‥‥来た時は「営業中」だったと思うんですが、勘違いだったのかな‥‥‥?」と独り言を言っているのを、マスターは黙って聞いている。


「カギちゃん、店の名前をしっかり覚えときや」と中島が言い、マスターに質問した。

「名前はコテージと同じようにモーグルの名前を付けてるんか」

「そうです」

「ウルトラ▲◆ この▲◆」はモーグルの型番か、今乗ってるモーグルの名前か」

「昔に乗っていたモーグルです。気に入っていたけれども故障も多くて買い換えました、今では廃盤になっていますが想い出深かったので、その名前を付けました」

「コテージの名前もモーグルの名前やったな」

「あっちは、今乗っているモーグルの名前です」

「カギちゃん、このスナックの名前は『ウルトラ』と書いているけれど、騙されたらあかんで、此処は悪の巣窟、ショッカーのアジトや、マスターの乗るバイクはショッカーの乗りもので、真夜中に呼ばれて飛んでいくんや、ショッカーは仮面ライダーの悪の総称やけど、要するに『ウルトラ』という名前に騙されたらあかんということや」

「またぁ~、失礼な事ばっかり言うよねぇ」と祥子は二人の間を取り持とうとしていたが、マスターは苦笑いをしながら、

「突然呼び出されるんです、怖いから従ってしまう」と言った。

 中島に祥子の車を駐車させているI病院駐車場まで送って貰ったが、そのときの車内の会話も蘇った。

「大黒の子供のおむつ代はカギちゃんが払っているようなものや‥‥‥いや、おむつだけやない、ミルク代もや‥‥‥もっとや」

「何のことか分かりませんよ」

「ハメル薬局を開業したての頃は金策に苦戦しとったんや、とにかく、大黒はカギちゃんに足を向けて寝られへんほど世話になっとるというのに、あいつは鬼や‥‥‥海外向けやと聞いていたのに、国内にも売りまくっとるんや、わしは騙されたんや」


 1989年の北海道スキー旅行後の夜勤での夏美との会話が蘇った。

「大黒がね、この頃独り言が多いねん『貼りつけの刑や』とか言って、ニヤニヤしながら一人でパソコン触っていて、覗こうろすると『来るな』って怒るねん」

「貼りつけの刑って何のこと?何を貼りつけるの?」

「それは、私もさっぱりわかれへんねん、気持ち悪いねん」

 そんな会話の最中に気味悪く笑いながらワルシが控室に入ってきた。

「イーヒヒヒヒイ、はっ、貼りつけの刑にしたったぞ、ヒッヒッヒ、あっちもこっちも、全身や、ヒッヒッヒ、お前はもう、嫁の貰い手なんかないぞ、ヒッヒッヒッ」意味が分からなかった、そして視点が定まらない笑い方は気色が悪かった。この時点で人格異常者だと察知していれば良かったと後悔している。

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