第6話 黒幕
プロパーの苗字を思い出した、それはK病院には昼夜を問わず親身になって患者さんを診られていた医師がいて、プロパーと同じ苗字であることを気の毒に思っていたことを思い出したのだ。プロパーの名前は「西澤」その名前を思い出した瞬間、西澤が喋った。
「だって、S病院で見たし、大黒さんも言っているし」
〝大黒!″そうだ、あの旅行の発起人は大黒だったのだ! サイコパス・サイキと取引した黒幕は大黒だったのか! 確か、サイキの名札には「薬剤部」と書かれていたから繋がった!
バクバクバクバク、バクバクバクバク、
心臓が走り出した、胸が圧迫され呼吸も息苦しくなる、
胸を抑えながら床にうずくまる。
身の毛がよだつ、気味が悪い、裏切られた、
いや最初から騙されていたというのか、祥子は大黒の事を正義感の強い人間だと思っていた時期がある、それは入社したての頃の大黒は労働組合の団長をしていて、団体交渉に臨むときの勇者ぶりが印象的だったからだ。
第一印象というものは、その後に奇妙な言葉を吐いたとしても覆しにくいものなのかもしれない。
祥子がスキーを始めたのは大黒が企画した地元の日帰りスキーに参加したことがきっかけだった、板を履いての歩き方を最初に教えてくれたのも大黒だった。
そんな大黒が盗撮写真を入手した黒幕だったのだ!
人間不信に陥った時のショックは大きい。
その日から祥子は何かにつけ家事の手が止まるようになった。
手が止まると飼い猫は尻尾を立てて追いかけっこを誘う。
床に座り込んで涙を流せば、決まったところでしか寝転ばないのに、目の前で寝転んで撫で撫でを要求してくる。
敬寿もまた祥子の様子を見ていて、祥子の目がどこかを凝視していれば、新聞記事の話題を投げ掛けてきて気を逸らそうとしてくれた。
また敬寿は暗い話題には目を背けようとするが、祥子がハグを求めた時には返してくれる。
そうして祥子は猫と敬寿の気持ちに応えようと踏ん張っていた。
しかし頭の中で爆竹が鳴り響くように記憶の断片が再現されるのであった。
その場面はスキーツアーに留まらず、
大黒が経営するM町の調剤薬局内、
中島と行ったスナック、
祥子が新婚時代を過ごしたマンション内、
現居住のマンション内、
高校のクラス会や学年同窓会、
バスケットボール部の同窓会、
結婚前に勤めていたI病院内、
母や姉や親戚、
夫が経営する社内や、
夫の知人、
祥子の友人など多岐に渡っていて、
祥子は好奇の目に晒され、
意味深長な侮辱的な言葉を投げつけられていたのだ。
祥子に向けられた意味深長な発言には優しさもあるが、
面白がっている者もいて、
夫に社員たちの言動を話したときには
「妄想だ」と言って激怒され、その日以来、過去の話題は夫を不機嫌にさせた。
そんな境遇のなかで祥子の頭は混乱し、発狂しそうなほど心は掻き乱され、書けば書くほど底なし沼に引きずり込まれるのであった。
2019年6月、手記を推敲している段階でふと気が付いた、蘇った記憶を全て網羅することは大黒の罪を霞ませかねない、しかしセカンドレイプに値する意味深長な言動の数々は時効延長を請願するためにも書かなければならない、
章を分けよう、別の題名にするのもいい、
まずは
大黒を晒してやろう
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