死者との通話

 そのとき、誰かが喫茶店に入ってきた。格好からして、たぶんママの話に出てきた神主だろう。


 「お姉さん、神主さんに来てもらいました。そこにいるママ友から一通り話はしてもらっています。これからどうするかは神主さんに直接聞いてください」


 「ありがとうございます。はじめまして。小川と申します」


 「小川さん、大変でしたね。今、霊媒師の友人もこちらに向かっています。そいつの話では、佐藤さんを成仏させきれておらず、眠らせた状態になっていたんだろう、小川さんの電話で目が覚めて再び地縛霊となったのだろう、ということです」


 そういうことだったのか。だから私が最初電話をかけたときに、すぐに話し出すこともなく、最初の一言も小さな声だったのだろう。眠っていた佐藤さんは一瞬自分に何が起こったかわからず、少し戸惑っていたのかもしれない。話していくうちに、これはまたチャンスがやってきたと思ったに違いない。


 「神主さん、私はこれからどうすればいいのでしょう」


 その問いに神主が口を開こうとしたとき、私のスマホの着信音が鳴り出した。画面を見てみると、佐藤さんの工房の電話番号だ。時間は5時。私がロープウェイに乗らなかったことに気づいたのだろうか。


 「ど、どうすればいいですか! 佐藤さんから電話です!」


 「出ないでください。もう少しで霊媒師が来ますから、一緒に対応しましょう」


 「わかりました」


 そんな会話をしていたら、電話が鳴りやんだ。みんなホッとした顔をしている。もちろん私もだ。でも、鳴りやんだのは電話が切れたからではなかった。


 「もしもし、小川さん?」


 佐藤さんの声がスピーカーから聞こえてくる。どういうわけか、勝手に電話がつながったようだ。相手はこの世の者ではないのだからおかしなことではないが、ルール違反をされているような気分になる。


 「小川さん、どうしたんですか? 私、楽しみに待っているんですよ。小川さんも私の話を聞きたい、楽しみだって言ってくれたじゃないですか。ロープウェイに乗っていませんよね? 裏切るんですか? 乗り遅れただけですよね? そこまで迎えにいきましょうか?」


 佐藤さん…の幽霊は、イライラした口調でまくしたててくる。さっきまでの優しい口調からは想像できない低く冷たい声に、恐怖を感じ鳥肌が立つ。神主の方を見ると、私の目を見ながら首を振った。何も答えるなということだろう。子どもたちも含め、みんなただただ黙って霊媒師が来るのを待つ。


 「小川さん、何か言ってくださいよ。私は、仕事に誇りを持っているんです。小川さんが、その仕事を褒めてくれていろいろと話を聞きたいと言ってくれた。私は小川さんを後継者にしてもいいとさえ思っている。それなのに、どうしたというんですか。あまりにもひどい態度をとるなら、私だって怒りますよ」


 怒気を含んだ声に、子どもたちが泣きそうになっている。このままにはできない。私は覚悟を決めて口を開いた。


 「佐藤さん、すぐにお返事できなくてすみませんでした」


 神主が、目を見開いたまま激しく首を振っている。もう話し始めてしまったので仕方ない。


 「小川さん、どういうことでしょう。何があったんですか?」


 「佐藤さん、まずお伝えしたいのは、私はあの雑誌を見て本当に感動したということです。これは嘘ではありません。佐藤さんが赤い糸を縫ったボールには温もりを感じました。祖父を亡くしたばかりでとても寂しかったのですが、佐藤さんのボールを見て温かい気持ちになり、祖父がいなくても頑張ろうという気持ちになりました。だから、佐藤さんのお話を聴きたいと思ったんです」


 「では、なぜロープウェイに乗っていないんですか?」


 「それは、佐藤さんが10年前に亡くなったとお聞きしたからです。佐藤さんと私はもう違う世界にいます。佐藤さんは素晴らしい職人さんでした。私はそのことをたくさんの人に伝えていきたいと思います。だけど、佐藤さんはもうこの世の人ではありません。せっかく素晴らしい功績を残されたのだから、もう成仏してゆっくりお休みになられたらどうでしょうか」


 「ふざけるな!」


 「キャー!」「ウギャー!」


 佐藤さんの突然の怒号に、子どもたちが叫び、泣きだした。大人たちもみんな震えている。私もだ。


 「俺はまだ生きている! まだ作れる! この右手さえ復活すれば、もっといいものが作れるんだ! それに後継ぎもまだ決まっていないんだよ! おまえが俺に右手を差し出し、俺が十分にいいものを作ったら、おまえに右手を返すから俺の後を継げばいいだろう! 早くここに来い!」


 「さ、佐藤さん。でもロープウェイも終わっちゃいましたし、今日はもう行くことができません」


 「ロープウェイは俺が動かしてやる。早く乗り場に向かえ。今すぐ向かわないと、俺がそっちに行って町をめちゃくちゃにしてやるぞ!」


 やっぱり地縛霊の声は、冷たくて嫌な感じで心臓に響いてくるんだなーなどとどこか冷静に思いながら、震える体を両手で抱きしめて何かいい方法はないか考える。町の人を巻き込むくらいなら、いっそのこと私が犠牲になった方がいいのだろうか。


 もう、それしかない。そう思い、立ち上がった瞬間だった。


 「大丈夫? どうなってる?」


 ひとりの男性が息を切らして駆け込んできた。たぶん、霊媒師だろう。


 「今電話がつながっている。小川さんが来ないと町に来て暴れると言い出したところ」


 神主が急いで答えると、霊媒師が言う。


 「佐藤さんは町には来られないよ。亡くなるころはロープウェイで町に下りずに過ごしていただろう? だから、あの山から下りることはできないんだよ」


 「誰だ! 勝手なことを言うな! 俺は何でもできるぞ!」


 霊媒師の声が聞こえているのか、地縛霊は電話の向こうで怒っている。でも、実際に電話をしてくるだけでここまで来ないところをみると、下りられないというのは本当なのかもしれない。


 「ちょっと電話代わってもらえますか? 簡易的なものになるけど、除霊しちゃいますね。後日また、工房の跡地に行って、今度はちゃんと成仏させますから」


 「よろしくお願いします」


 私は霊媒師に電話を渡した。霊媒師は何か呪文のようなものを唱えだした。その場にいたすべての人が、いつのまにか呼吸をするのさえ止めて見守っている。小動物のように鼓動が速くなっているのがわかる。


 しばらくすると電話からプツッという音が聞こえ、通話が切れたのがわかった。霊媒師が何も言わなくても、除霊が済んだのは明らかだった。


 「やったー!」「良かった!」


 みんな口々に喜びの声をあげ、笑顔で祝福し合った。全身から力が抜けていくのがわかった。


 「みなさん、本当にご迷惑をおかけしました。霊媒師さんも神主さんも、本当にありがとうございます」


 「いえいえ、小川さんも電話した相手が幽霊だったなんて、本当に災難でしたね。無事で良かったです」


 神主さんが、優しく微笑みながらそう言ってくださった。

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